令嬢は黒騎士様に隠したい4
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夕食会の想像は色々としていたのだが、やはり元来社交的ではないソフィアには難しいことのようだった。ソフィアはメインの一つである魚料理を口に運びながら、普段どれだけ甘やかされた場所にいたかを痛感していた。ちなみに、相変わらず長い料理の名前は全く覚えていない。
マルセルとギルバートは先程からずっと領地経営の話をしている。主にマルセルが話したことにギルバートが相槌を打ったり、評価をしたりしているようだ。マルセルがギルバートとあまり歳が変わらないのもあってか、会話は弾んでいるようだ。
一方、ベアトリスはこういった場での会話はあまり好まないのか、言葉数が多い性格ではないのか、黙々と食事をしている。
リリアは食事の進みが誰よりも遅い。落ち着きが無い様子で、ちらちらとソフィアの方を窺っているのが分かる。
招待している側として、ソフィアはこの二人をもてなさなければならない。ソフィアはどうしようか迷った末に、これも社交の一つだと気合を入れて、リリアに話しかけることにした。ハンスやギルバートからされた注意はしっかり覚えているが、それでも主家の人間として、放っておくわけにはいかない。
「──リリア様、当家の食事はお口に合いますでしょうか」
当たり障りのない内容で話しかけると、リリアは何故か怯えてでもいるかのように肩をびくりと震わせた。ソフィアは内心で首を傾げるが、リリアは何事もないと示すように顔に笑みを貼り付ける。
「え、ええ。ありがとうございます。素晴らしいお味ですわ」
「お客様がそう仰ってくださったと知れば、料理人達も喜ぶでしょう」
ソフィアはそう言って微笑んだ。
どうにか会話を繋げようとするのだが、ソフィアにはまだそれほどの社交スキルはない。結果、マナー本のお手本のような会話を繰り返してしまっていた。
会話を続けていると、ふと、リリアが真剣な顔になった。
「奥様は、侯爵様とどちらでお知り合いになったのですか?」
その言葉に、それまでギルバートとの会話に真剣だったように見えたマルセルが、リリアに目を向けた。その目には愛しさのような感情は浮かんでいない。逆に厳しい色がちらりと見えて、ソフィアはどきりとした。
リリアから聞かれたソフィアとギルバートの出会い。それを話そうとすると、レーニシュ男爵家の揉め事も話さなければならない。
「そ、それは……」
まさか行き場を無くしたところを森で拾われたと言うわけにはいかないだろう。ソフィアは困って、僅かに眉を下げた。
そして、どうにか話せる範囲を考えた。全部嘘を吐くというのは、多分ソフィアには無理だ。それならば、話せないところを隠して、問題のない範囲で事実を伝えてしまえば良い。
「王太子殿下にご紹介していただきまして──」
「え、殿下に?」
リリアが、思いもよらなかった第三者の登場に驚いたようだった。
普通、王太子であるマティアスが男女の仲介をすることなど、ない。ましてギルバートとマティアスが友人同士であることは有名だが、ソフィアは弱小貴族の娘──今は犯罪者の身内であるともいえる──だ。マティアスがギルバートに紹介するならもっと相応しい人がいるだろうと、ソフィア自身も思う。
「ええ。殿下はとてもお優しい方でございますから。私、ギルバート様をご紹介いただいてから、仲良くお話しさせていただいているうちに、その……どうしても、惹かれてしまいまして……」
なんだか恥ずかしい。改めて他人に話をするということは、こんなにも心臓に悪いのか。顔に感じる熱は、いまだ冷めやらないギルバートへの恋心故だ。
「そ、そうでしたの」
リリアが視線を斜めに逸らす。
ソフィアは話の終わらせ方が分からなくなってしまった。惹かれていって、どうしたと言うべきか。
警戒するようにと言われているリリア相手だ。ギルバートとの間に立ち入られる隙は無いのだと伝えたいが。染まってしまった頬を隠すように、俯きがちになる。これは、淑女として、あまり見せられる顔ではない。
「はい……あの、ですので──」
「私がソフィアに惚れたんだ。ソフィアは自身の立場を考えて、遠慮しようとしていたのだが。それでは、私は満たされなかった。──これ以上、理由はいらないだろう」
ソフィアははっと顔を上げた。耳に優しい低音は、ギルバートの声だ。
マルセルと話していたはずのギルバートは、今、しっかりとソフィアを見ている。視線が絡んだ。瞬間、ギルバートの藍色の瞳が、優しげに眇められる。
「──ギルバート様……」
ぽつりと呟くと、ギルバートの口角が緩く上がった。他の何よりもその表情こそが、ソフィアを愛していると雄弁に語っているようだ。
それまで一言も口を開いていなかったベアトリスが、面白そうに笑った。
「おや、珍しいものを見せてもらったね」
「ルグラン伯爵……っ」
その声音には揶揄いの色が滲んでいる。ソフィアは居た堪れなくて、咄嗟に声を上げた。しかしベアトリスは、なんでもないことのように余裕の表情だ。
「ベアトリスでいいよ、奥様。はは、長生きはするもんだ」
「ベアトリス様。私、恥ずかしいので……おやめくださいませ……」
ソフィアがますます顔を赤くして頼むと、ようやくベアトリスは頷き、笑いを収めた。
いつの間にか無言になっていたリリアは、それまでが嘘のような速さで食事を進め、女三人の中で一番早く食事を終えて部屋へと引き上げていってしまったのだった。