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令嬢は黒騎士様に隠したい2

 ルグラン伯爵一行は、それから一時間ほど経ったころにやってきた。


「侯爵、しばらく世話になるね」


 ルグラン伯爵であるベアトリスは、白髪交じりの銀髪に、紫色の瞳の持ち主だった。瞳と同じ深い紫色のドレスを着ている。伝統的なドレスは流行の形ではないが、ベアトリスによく似合っていた。装いは落ち着いた上品な印象だが、よく日焼けした肌もさっぱりとした話し方も、あまり貴族らしくない。


「お婆様、お元気そうで何よりです」


 フォルスター侯爵家の当主であるギルバートにも気安い挨拶をしたベアトリスに、ギルバートも親しげな呼び方で返す。

 ソフィアは以前ギルバートがベアトリスを変わり者だと評していたことを思い出した。こうして二人が会話をしているところを見ると、ギルバートが言う変わり者という言葉は、互いの遠慮のない関係故だと分かる。


「紹介します。妻のソフィアです」


 ギルバートの紹介で、ソフィアは一歩前に出た。不思議と先程よりも緊張はしなかった。ベアトリスの持つ、ざっくばらんな雰囲気のせいだろうか。

 ドレスの裾を持ち、軽く腰を落とす。


「ソフィアと申します。どうぞよろしくお願いいたします」


 微笑んだソフィアに、ベアトリスは友好的な顔を見せた。


「可愛いお嬢さんだこと。侯爵、結婚おめでとう。しばらく世話になるよ」


「はい。ごゆっくりお寛ぎください」


 ギルバートはさらりと言って、待機していた使用人にベアトリスを案内させようとした。しかしベアトリスは動かない。代わりに口角を片方だけ上げた歪な笑みを浮かべて、開いたままになっていた玄関扉に向かって、大きな声を上げる。


「……あんた、隠れてないで挨拶しな!」


 その声は屋内で聞くと随分と無遠慮に感じる。どうやらベアトリスは、見た目の年齢に反し、とても活力溢れる人らしい。

 ソフィアが突然のことに驚いていると、扉の陰から、さらりと長い髪が覗いた。巻かなくても自然と緩く波打つ豊かな金色。その色を、ソフィアが見間違えるはずがない。

 どきどきと心臓の鼓動が煩く耳元で鳴っている。これは警鐘だ。ソフィアの心に刻まれた潜在的な恐怖がそうさせているのだ。今はあの頃とは違う。何も恐れることはない。ソフィアには、ギルバートがいてくれるのだ。

 扉の陰に隠れていたビアンカは、ベアトリスに言われてしぶしぶといったように中に入ってきた。貴族の侍女が着るような、簡素で上品だが丈夫な作りのワンピースドレスを身に纏っている。

 久し振りに会うビアンカは、王都にいたときよりも随分健康的に見えた。その変化は生活故か、心故か。


「ビアンカ……」


 ソフィアがぽつりと名前を呼ぶと、ビアンカがびくりと肩を揺らした。顔を上げたビアンカはソフィアを見て、後悔のような、嫉妬のような複雑な表情をしている。瞳の強さは、変わっていないようだった。


「しばらく、お世話に……なります」


 ビアンカの言葉に、ソフィアは驚いた。ソフィアに対してビアンカが敬語を使ったのは初めてだ。というよりも、敬語を使うとは思わなかった。

 冷静に考えれば、ソフィアがレーニシュ男爵位を継ぎギルバートに嫁いだことで、レーニシュ男爵家は途絶えた。ビアンカは既に貴族ではないのである。侯爵夫人となったソフィアに敬語を使うことは、当然だった。ビアンカは、ソフィアと距離を置こうとしているのだろう。賢明な判断だ。


「……っ、ええ」


 ソフィアは咄嗟に言葉が出てこなかった。そっと腰を支えてくれたギルバートの手に気付いて、慌てて作り慣れた微笑みを浮かべる。


「あ……客室は二階ですので、ご案内します。お願いね」


「はい、こちらへどうぞ」


 ソフィアの指示を受け、使用人がベアトリスの荷物を持って二人を二階の客間へと案内していった。

 ベアトリスはビアンカ以外の者を連れてきていなかった。ジェレ子爵のように邸から使用人を連れてきていないのかとソフィアが聞くと、ハンスは苦笑した。


「ルグラン伯爵は、普段住んでいる邸に使用人を置いていらっしゃらないのですよ。使用人は全員本邸にいて、領政に関わっています。使用人というより、彼等は役人と言った方が相応しいでしょう。ですので、滞在中は当家の者を数名、側に控えさせております」


「そうなのですね」


 珍しい話に興味深く聞いていると、ギルバートが続ける。


「伯爵は付き合いやすい方だから、ソフィアも安心して良い。──それでも何かあれば、すぐに知らせてくれ」


「はい」


 ギルバートの言葉にソフィアは頷いた。心配してくれているのだ。きっと大丈夫だとは思っているが、その気持ちがとても嬉しい。


「──さあ、お二人とも。お部屋に戻って、今夜の夕食会の準備をしてください」


 ハンスに言われ、ソフィアは今日はまだやることがあるのだと思い出した。今日から滞在する者を招いて、夕食会を開くのだ。会合よりも少人数にはなるが、ソフィアがするギルバートの妻の仕事としての初めての社交だ。

 ソフィアはカリーナと共に部屋に戻り、食事の内容と名簿を改めて確認することにした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ビアンカ、意外。 ソフィアに噛みつくかと思った。
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