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令嬢は覚悟を決める2




   ◇ ◇ ◇




 ビアンカはたわわに実った葡萄を鋏で切り、側に置いた籠の中に入れた。籠の中には、粒が綺麗に染まった葡萄の房がたくさん入っている。

 一番暑い時期は過ぎたとはいえ、まだ昼間は太陽の光が強い。ビアンカは鍔の広い麦わら帽子を押さえ、額から流れてきた汗をタオルで拭った。

 今年に入ってからこの葡萄畑に来たビアンカは、こうして実った葡萄を見るのは初めてだ。

 最初こそ逃走を繰り返していたが、結局、行き場も、一人で生きる術も無いビアンカは、素直にここで労働に精を出すしか選択肢が無かった。

 嫌々ながら育てていても、芽を取る作業から時間をかけて育てた葡萄には愛着が湧く。一年前には、こんなにも穏やかな気持ちで過ごせる日が来るとは思ってもいなかった。

 王都の社交界は華やかだったが、いつ自分のパートナーを奪われないかと気が気ではなく、常に周囲を牽制していた。

 レーニシュ男爵令嬢としての暮らしは裕福なものだったが、どれだけソフィアを苛めても、劣等感は消えなかった。自分の方が、恵まれていたはずなのに。


「──ここでの暮らしも、悪くないわ」


 ギルバートの言うことを素直に聞いている現状に思うところがないとは言わないが、それでも、ビアンカは今の暮らしに満足していた。

 婆さんは相変わらず口煩いが、悪い人ではない。

 最近は褒めてもらえることも増えてきたのだ。

 ここでは自分の容姿を褒められる機会がほとんどない。アルベルトが毎日何かしら褒めてくれるが、それを数に入れるのは抵抗がある。

 だからというわけでもないだろうが、仕事の成果を褒められることが殊の外嬉しかった。

 ビアンカは自分が任された範囲の仕事を終え、いっぱいになった籠を背負って今の『家』に戻った。

 家の裏手にある倉庫では、先にビアンカよりもずっとたくさんの葡萄を摘んだ婆さんが、収穫済みの葡萄を確認していた。


「婆さん、ここに置くわよ」


 ビアンカが声をかけると、婆さんが顔を上げ、愛想のない表情を向けてきた。


「なんだい、相変わらず遅いねえ、あんた。……まあ、あっちの男よりはましか」


「婆さんがずるいのよっ! 私達は魔法使ってないんだから当然でしょう!?」


 心のままに言い返しても、婆さんはビアンカを嫌ったりしない。

 ビアンカが何をしてここに来ることになったのか、婆さんはギルバートに聞いて知っている。好感度なら、最初から最低なのだ。

 そしてビアンカの方も、婆さんにどう思われても構わない。

 ここには、他人の粗を探す貴族はいないのだ。


「そうかい、じゃあ、その分も丁寧にできてるんだろうね」


「うぐ」


 そう言われると、ビアンカには自信が無い。なにせこの婆さんの魔力はフォルスター侯爵家と縁続きなだけあってとても多く、年の功故か魔法の精度もかなり高いのだ。つまり、魔法で収穫していても婆さんの作業の質はとても良い。

 悔しさから顔を歪めたビアンカを見て、婆さんがにやりと口角を上げた。


「ははん、よーく見てやるからね」


 ビアンカは怒りのままに口を開く。


「このっ、意地悪婆!」


「んなこと知ってるってぇの」


 ささいな反抗にも婆さんは言われ慣れてると笑って、ビアンカに自分の作業を手伝うように言った。

 ビアンカはしぶしぶ頷き、婆さんの側に腰を下ろした。

 虫食いがないか、質が悪いのが混ざっていないかを確認して、振り分けていく。

 なんでも、ここで作る葡萄酒は一級品らしい。らしい、というのは、ビアンカがまだ飲んだことがないからだ。飲んだことがないものを評価することはできない。

 婆さんから教えてもらいながら、ビアンカは葡萄をより分け始めた。

 アルベルトはまだ戻ってこない。根が真面目だが融通が利かないアルベルトのことだ。時間がかかっているのだろう。

 葡萄を持つビアンカの掌は、まだ婆さんほどではないが、ここに来た頃よりもずっと固くなっていた。少しだけ、王都で男爵令嬢をしていた頃が懐かしい。

 しばらく無言のまま作業を続けていると、ふいに婆さんが話し始めた。


「──来月、王都に行くからね」


 ビアンカは思考を読まれたのかと思った。まさに今王都のことを考えていたからだ。

 同時に、嫌なことを思い出す。そういえば、ソフィアの恋人のギルバート──もう結婚したのだったか──は、それができた。


「別に、行ってくればいいじゃない」


 ビアンカが言うと、婆さんが小さく嘆息した。


「何言ってるんだい。あんたも来るんだよ」


「はあ!? 婆さんこそ何言ってるのよ」


 ビアンカがどうしてここにいるのか、忘れたわけでもあるまい。

 それに、王都に戻ったところで、ビアンカは犯罪者の娘だ。かつての家はフォルスター侯爵家のものになり、今、自身の居場所はない。

 首を傾げたビアンカをちらりと見て、婆さんは面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。首にかけているタオルで手を拭き、椅子を動かしてビアンカの方に身体を向ける。


「まったく、説明させるのかい。……今度、フォルスター一族の集会があるんだよ。毎年秋にあるんだけどね、今年は当主の結婚披露宴もあるから、さぼるわけにもいかないんだよ」


 当主の結婚披露宴。それはつまり、ギルバートとソフィアのことだろう。

 結婚式をしたと聞いてはいたが、披露宴はまだだったのか。式が初夏の頃だったから、おそらく披露宴は社交シーズンに合わせたのだろう。侯爵家の当主の慶事だ。きっととても大きな規模になる。


「さぼるって……婆さん、親戚なの?」


 この婆さんが招待されたというのか。葡萄酒のことしか頭にないようながさつな婆さんが、あの華やかで美しい邸を持つ大貴族と繋がりがあるとは驚きだ。


「これでも私はここの領主だからな。あの家の分家なんだよ」


 ビアンカは思ってもいなかった話に、持っていた葡萄をぽとりと落とした。

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― 新着の感想 ―
[一言] ビアンカ、ここでの暮しが合ってるみたいで良かった。
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