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令嬢は黒騎士様を支えたい7

「──ですので、奥様が侯爵様のことで悩まれることはありませんよ。……と、殿下からのご伝言です」


 医師は任務は果たしたというような顔で、とんでもない言葉をソフィアに突きつけた。


「──……え?」


「私はマティアス殿下とエミーリア妃殿下付きの医官です。こうして名乗るのは初めてでしたね。ご挨拶が遅れてしまいました」


 医師が立ち上がって、官吏らしいしっかりと整った礼をした。ソフィアは慌てて立ち上がり、座るように促す。

 初めて会ったときにそう名乗られていたら、ソフィアは素直に治療を受けられなかっただろう。ソフィアがそう言うと、医師は頷いて、そのときにははっきりと名乗らないようにとマティアスから指示を受けていたと言う。

 ソフィアはマティアスへの借りが積もっていくのを自覚しつつ、すっかり冷めてしまった紅茶を一口飲んだ。


「いえ、ありがとうございました」


 頭を下げるソフィアを微笑ましげに眺めた医師は、少しして、装飾の少ない髪留めをソフィアに差し出した。

 銀細工らしいそれには、一面に繊細な模様が掘られており、小さな石が一つだけ嵌め込まれている。石は夜空の色で、中にまるで本物の夜空のように金色の星が散っていた。

 ソフィアはそれを受け取り、まじまじと見る。


「悪夢を見たときは、まず、一度心を落ち着けて、それから、その悪夢が現実にはなりえないと、理由をつけていってください。危険なことは何も無いと、そう思うように意識するのです。遠回りではありますが、これが一番負担のない治療法です。心を落ち着けるハーブティーを飲むのも良いでしょう」


「はい」


 医師の言葉に頷いた。それなら、ソフィアにもできそうだ。

 しかしそれでは、この髪留めは何なのだろう。そう思ったソフィアを知っていたように、医師は言葉を続ける。


「これは、昂った感情を落ち着かせる魔道具です。これをつけると、不安も無くなるでしょう」


「魔道具、ですか……?」


「はい。感情と共に大きくなる魔力の揺らぎを静める働きがあります。──ですが、体内の魔力に干渉する物なので、常用はなさらないでくださいね。どうしても、耐えられないときにだけ、使うようにしてください」


 お辛いこともあるでしょうからと、気づかう視線をソフィアに向けて、医師は言う。ソフィアは髪留めをそっとテーブルの上に置いた。かたり、と硬質な音が鳴る。


「体内の魔力に、干渉……」


「ええ、強い働きではありませんが。そういった効果があるため、販売はされていません。医療用の魔道具として使用が許可されている物です。奥様の場合、普段は信頼できる使用人に預けておくのが良いでしょう」


 医師は念を押すようにしてソフィアの目をじっと見つめた。ソフィアははっとして掌を小さく震わせたが、医師はそれには気付いていないようだった。

 そっと目を伏せて、ソフィアは頷いた。


「はい、分かりました。ありがとうございます」


 魔力とは、血肉と同じように誰もが生まれながらに持っているものだ。だからこそ、ソフィアに魔力がないことは秘するべきことで、最低限必要な信頼できる者以外は知らない。つまり、この医師も知らないのだ。

 ソフィアにこの魔道具を使うことはできない。だからといって医師に返すのに良い理由も思いつかず、どこかにしっかり仕舞っておけばいいと思い直す。

 髪留めの石の中の星が、魔道具の明かりを受けてきらりと輝いた。




   ◇ ◇ ◇




「これは、困りましたねえ」


 執務室で招待状の返事を確認していたハンスは、ある一枚の手紙で手を止め、ペンを置いた。

 それは、フォルスター侯爵領の端にある領地を治めている親族からの返事だ。ルグラン伯爵を名乗るその親族は、領政を信頼できる家令に任せ、自身は葡萄酒作りに勤しんでいる変わり者だ。未婚の女伯爵として、一部では有名である。

 領政を他人任せにしていても、家令が非常に優秀で不正も無い。更に、ルグラン伯爵が作っている葡萄酒はフォルスター侯爵領の特産となっているのだから、何の文句もないが。


「旦那様にご相談しなければいけませんね」


 ハンスが困ったと言ったのは、ルグラン伯爵の同伴者についてだった。

 自分の家には、若い男女が同居している。ついては、自分が王都に出て彼らを二人きりにするのは不健全に思えるため、どちらか片方を同伴者として連れていきたい。

 ルグラン伯爵は王都に来ることは殆どないため、タウンハウスを持っていない。このフォルスター侯爵邸に宿泊することは事前に決まっていた。となれば、当然同伴者も宿泊させる必要がある。

 他の者も自身の侍女等を連れてくるので、同伴者の存在自体は何の問題も無い。問題なのは、どちらかと言われた、二人だ。


 ビアンカ・レーニシュ。

 アルベルト・フランツ。


 並んだ名前のどちらを伯爵の同伴者にしても、ギルバートはいい顔をしないだろう。ソフィアの心労も気がかりだった。

 ハンスは誰もいないのを良いことに深すぎるほどの溜息を吐いた。溜息に質量があれば、机の上はそれで埋まってしまうだろう。

 しばらく無言で手紙を見つめていたハンスは、問題は後回しにして先に対応できる分をまとめてしまおうと、手紙を机の端に押しやり、一度は置いたペンを手に取った。

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