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令嬢は黒騎士様を支えたい5

   ◇ ◇ ◇




「ん……嫌、や……うう」


 ギルバートはソフィアが魘される声で目が覚めた。天蓋の外はまだ暗い。カーテンから漏れる月光の白さを見る限り、夜中と言って良い時間のようだ。

 同じ寝台の中、ソフィアはギルバートから少し離れた場所で身体を丸めていた。


「──……ソフィア」


 ギルバートは眉間に皺を寄せ、囁くように名前を呼んだ。しかしその声は、眠っているソフィアの耳には届かない。夢の中では、ギルバートは無力だった。

 少し近付くと、ソフィアの身体がまるで寒さを我慢するかのように震えていることが分かり、はっとした。

 閉じられた瞼の隙間から、透明な滴が零れそうだった。こんなに側にいるのに、ソフィアは頑なにギルバートに夢のことを話してはくれない。ままならない気持ちのまま、ギルバートはソフィアに近付きその身体を抱き締めた。

 元々は、この邸の中でさえソフィアを守りきれなかったギルバートのせいだ。ギルバートが任務のためにここを離れたとき、ソフィアはきっと一人で寂しかっただろう。心細かっただろう。それなのに、更に見知らぬ場所に誘拐されてしまったのだ。

 助けが来るかも分からぬまま、自身の命すら保証されない中、この細い身体の中にどれだけの苦しみを抱え込んだのだろう。


「う……ん」


「ソフィア、……すまない」


 ソフィアの身体は布団の中にある筈なのに、すっかり冷えてしまっていた。体温ごとソフィアを奪われてしまうような錯覚に、ギルバートは恐怖を覚える。

 失いたくない唯一だ。こんなに大切なのに、どうして独りにしておけよう。改めてしっかりと腕の中に掻き抱いて、自身の体温を分け与えようとする。と、そのとき、ソフィアの瞼がゆっくりと上がり、揺れる瞳と目が合った。


「──ギ、ルバート……様?」


 まだはっきりと焦点が合わない瞳で、しかしそこにギルバートがいることに安堵したような表情だった。

 起こしてしまったことが分かっても、不思議と罪悪感は無い。むしろ現実に引き戻せたことにほっと息を吐く。


「ソフィア、起きたのか。……酷く魘されていたが」


 ギルバートがソフィアにそのことを指摘したのは初めてだった。ソフィアは一気に現実に引き戻されたようで、気まずそうに目を逸らした。


「ええと。その──」


「ソフィア」


 ギルバートはシーツの海の中で見つけたソフィアの手を、強く握った。夜のせいだけではなく冷たい指先に心が痛い。

 ソフィアが夢のことをギルバートに隠そうとしていることは、何となく知っていた。しかし、ギルバートにはもう限界だったのだ。こんな状態のソフィアを放って置く方が嫌だった。


「最近魘されていることは知っている。聞かせてほしい。……私では、頼りないだろうか」


 ギルバートの言葉を聞いて、ソフィアは勢い良く上体を起こした。


「そんな──そんなことありませんっ」


 ソフィアが顔を上げ、まっすぐにギルバートの目を見つめた。




   ◇ ◇ ◇




 ソフィアとギルバートは私室のソファに並んで座った。夜中に使用人を起こすのも躊躇われ、水差しの水をテーブルに置く。

 卓上のランプを灯しただけの空間は、揺れる炎が穏やかだ。控えめな旧道具の明るさが、今のソフィアには心地良かった。


「──あの、ギルバート様は、いつから……?」


 ソフィアはおずおずと切り出した。ギルバートが首を左右に振り、膝の上に置いていたソフィアの右手にそっと手を重ねる。


「一月ほど前からか、とは思っていた。魔法での攻撃等ではなさそうだが……」


 ギルバートにとって、悪夢すらそういったものに思えるのか。ソフィアはその可能性を全く考えていなかった。ギルバートに心配をかけてしまっていたのだと、今更理解し、申し訳ない気持ちが募る。


「ごめんなさい……」


「謝ることではない」


 きっぱりとそう言ってくれたギルバートに、ほんの少し、ソフィアの張りつめていた心が緩んだ。

 これまで話さずにいたのは、ギルバートに心配をかけ、負担になりたくなかったからだ。同時に、ギルバートが過去のことを気に病んだりしないように、とも思っていた。助けてくれたのは、ギルバートなのだから。

 しかしこれでは、本末転倒だ。

 ソフィアは思いきって、両手を握り締めた。相談するのにも勇気は要るものだ。


「悪夢を、見るのです。──……あのまま、ギルバート様が助けに来ない、夢を」


 ソフィアは俯いたまま、ぽつぽつと語り始めた。


「見知らぬ部屋で、窓も無くて、身体も動かなくて……それで、その」


 理不尽な暴力に曝される。

 その相手はエラトスの者だけではない。叔父と叔母も、何度も夢に登場した。そうして床に倒れたソフィアを、ビアンカを含む美しい令嬢達が、どこかから、冷たい笑みで見ているのだ。

 ソフィアが語る悪夢の内容に、ギルバートは息を呑んだ。


「分かってはいるんです。皆様のお陰で、私は無事で……何事も無く帰ってくることができたと。叔父と叔母に会うことはもう、ないのだと。少し前まで、こんな夢を見ることなんて無かったんです」


 正式にフォルスター侯爵夫人となった、王太子妃であるエミーリアとも親しいソフィアを、表立って馬鹿にすることができる者はいないだろう。

 それなのに、落ち着いた今になって、こんな悪夢を見るなんて思わなかった。


「ごめんなさい、ギルバート様。私が、私の心が弱いばかりに、ギルバート様にご迷惑を……本当は、お忙しいギルバート様を私が支えて差し上げたいと、思っていたのに。お手を煩わせてしまって──」


 ギルバートが重ねていた手を握って、堪えられないとばかりに強く引いた。前のめりになったソフィアは、ギルバートに抱き留められる。背中に回された腕が、ソフィアとギルバートの間の距離を無くした。

 ソフィアは突然の強い抱擁に、それ以上言葉を続けることができなかった。

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