令嬢は黒騎士様を支えたい4
「それにしても、さすが侯爵家って感じよね。こんなに大変だとは……っ!」
カリーナがタルトをフォークで一口サイズにする。それに何かの恨みが篭ったような勢いで、先端をぐさりと刺した。
最近はソフィアの手伝いで、カリーナも忙しくしていた。それだけでなく、パーティーを開くために領地の使用人も手伝いにくるようで、ハンス主導でその準備も進めている。このタウンハウスに宿泊する客人もいるため、そちらもあわせて動いているようだ。
使用人達は今、できる者は普段の業務の垣根を越えて働いており、カリーナもまた例に漏れず仕事を与えられていた。それを知っているソフィアだからこそ、カリーナには心配をかけず、自由に動いてほしいと思っていた。
「カリーナは今、メイド長と一緒に教育に回っているのでしょう? 忙しいようなら、私のことはいいから、休んでね」
このフォルスター侯爵邸の使用人は、優秀な者が多い。働きたいと言ったからといって簡単に勤められる場所ではないのだ。面接にあたっては、下級使用人までしっかりと身辺を調査されるらしい。当然その教育も非常に丁寧かつ厳しい。
しかしそこに、唯一の欠点があった。
先代侯爵であったエルヴィンが爵位をギルバートに譲って以降、王都の邸宅で夜会が開催されていなかったのだ。エルヴィンとクリスティーナの誕生会もマナーハウスで行っており、タウンハウスの使用人にはパーティーを行った経験がある者が少ない。
更に、ソフィアが嫁いでくるまで、タウンハウスには女の家人が不在だったのである。クリスティーナ付きの侍女は、皆主と共にマナーハウスに行ってしまった。残っているのは、メイド長だけだ。つまり、フォルスター侯爵邸に宿泊するゲストに付ける侍女が圧倒的に足りていないのである。
ハンスは元からいる使用人のうち、礼儀作法のしっかりしている者──ここは歴史ある侯爵のタウンハウスのため、使用人にも裕福な平民の娘や下級貴族の娘も多い──を何人か選出し、侍女として問題が無いだけの教育をすることにした。そしてその教育は、経験者であるメイド長とソフィアの侍女であるカリーナが担当する。
「何言ってるのよ。私の仕事は、一番はソフィアのことなの。だから平気よ。ソフィアは、もっと私を頼りなさい!」
カリーナが握った右手で自らの胸を叩く。つんと顎を突きだすようにするその姿勢に、思わずソフィアは笑い声を上げた。
侍女になっても、同僚のときと変わらず友人として接してくれるカリーナの態度が嬉しい。
「ふふ、ありがとう」
空のカップに紅茶をそれぞれ注ぎ直して、カリーナが腕を組む。
「とはいえ、私も驚いたわよ。フォルスター家って、こんなに大きかったのね。今の大旦那様と大奥様の間の子が旦那様だけだから、勝手に一族もそう多くないと思ってたわ」
「領地の名前を名乗られちゃうと、分からないよね」
フォルスターの分家のうち、この邸に泊まるのはジェレ子爵とルグラン伯爵の二家だ。
ジェレ子爵家は婿入りした当主と、前当主の一人娘。ルグラン伯爵家は当主である女性と、同伴者を調整中とのことだった。ジェレ子爵については詳しく知らないが、ルグラン伯爵はビアンカがいる葡萄園がある領地を治めているらしい。他の者達は、それぞれのタウンハウスに滞在予定だそうだ。
「……この邸にもお客様がいらっしゃることになるのだから、私も気を付けないと」
「『奥様』は大変ねぇ……」
カリーナが大きめに切ったタルトを頬張る。ソフィアは苦笑して紅茶を一口飲んだ。
「ギルバート様は大丈夫だって言ってくださるんだけど。やっぱり、ちょっと不安……かな」
「そう? 旦那様ならどうにでもしてくれると思うんだけど。って言うか、ソフィアは結構しっかりしているから大丈夫よ。それに、言い方悪いけど、少なくともフォルスターの分家は本家に文句言えないでしょ」
以前クリスティーナからも言われたことだ。
「それは……そう、みたいだけど」
それでも、やはりソフィアの中には認められたいという気持ちがある。ギルバートがソフィアを認めるだけではない。ギルバートの妻として、フォルスター侯爵家の女主人として、一族から認められたい。
それは、レーニシュ男爵家で家族として認められなかったソフィアにとって、強い願いだった。
「それに、披露宴みたいなめでたい場所で文句言う人はいないだろうし。だから心配し過ぎて、せっかくの披露宴なのに、寝不足になったりしちゃ駄目よ」
その後には披露宴も控えていた。予定では二百人を超える、貴族の邸で行うには比較的大規模なものになりそうだ。当然それだけの人の前に立つ覚悟も必要だったが、今のソフィアには部屋の端に寄せられた招待状の山の方が重要事だ。
ギルバートの方がソフィアより多忙になっているのは間違いない。ならば、持てる力でギルバートを支えたかった。それが、たとえ小さなことの積み重ねしかできなくても。
「う、うん。ありがとう。気を付けるね」
そうは言ってもしばらく気を抜くことはできそうにない。せめて幸せな夢を見ることができれば──それはあくまで願望か。
ソフィアはカリーナの言葉に頷いて、タルトの最後の一口を食べた。