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令嬢は黒騎士様を支えたい3




   ◇ ◇ ◇




 ソフィアは書きかけの招待状から顔を上げて、両腕を伸ばした。

 こつこつとする作業は得意で、また嫌いでもない。心をまっさらにしていられるのも、今のソフィアには都合が良かった。だが、ずっとそうしていると身体が固まってしまう。


「ソフィア、根を詰めすぎじゃない。少し休憩したら?」


 振り返ると、側のテーブルでソフィアが書き終えた招待状を確認しながら整理していたカリーナも手を止めていた。


「そう、かしら?」


「そうよ。──大体ね、いくら化粧で隠してるからって、『奥様』がそんな顔してるのは良くないわよ。ちゃんと休憩しないと、明日はやってあげないから! 精々、皆に心配されれば良いんだわ!」


 カリーナが、びしっとソフィアの顔を指差した。

 そう言われてしまうと、ソフィアには返す言葉がない。カリーナが言う通り、ソフィアの目の下には今日もはっきりとした隈があった。苦言を呈しながらもそれを丁寧に隠してくれたのはカリーナだ。

 毎日ではないが、最近のソフィアは夢見が悪かった。そんな日は眠りが浅く、寝直せないことも多く、どうしても隈ができてしまうのだ。カリーナが隠してくれなければ、クリスティーナ達にも心配をかけてしまうだろう。


「ごめんなさい……」


 ソフィアは素直に謝罪し、項垂れた。


「だけど、原因をどうにかしないと意味がないわよ。身体にだって悪いじゃない。……ねえ、やっぱり、話してくれないの?」


「……うん。ごめんね」


 カリーナが溜息を吐く。


「私に謝らなくていいのよ。でも、旦那様は心配しているんじゃないの?」


 ソフィアが首を傾げると、カリーナが呆れたと言わんばかりに苦笑した。


「旦那様が、気付いていないと思ってるの? 夜寝るときは化粧落としてるし、一緒に寝ているんだから」


「あ……」


 カリーナが言う通りだった。

 ソフィアはギルバートの前でも気丈に振る舞っていたが、夜中に目覚めてしまうことは何度もあった。ギルバートは眠っていたように見えたが、もしかしたら、起こしてしまっていたのかもしれない。

 昨夜のギルバートを思い出す。何かを言いかけて呑み込んでいた。あれは、ソフィアの話したくないという気持ちを尊重してくれていたのだろうか。


「そんなに、言えないことなの?」


「……もう少し、考えさせて」


 ソフィアの悪夢は、エラトスでのことが原因なのは分かっていた。

 首輪を付けられ、鍵が掛けられた部屋に閉じこめられている夢なのだ。明かりもなく、時折現れる男達が、ソフィアの心を的確に抉るような言葉を口にしていく。夢の中にはギルバートの助けは来ない。夢だと分かる度、早く目覚めなければと繰り返し唱え、そして目覚めて目の前のギルバートに安堵する。

 繰り返される夢の中でソフィアに向けられる言葉は、あの場で言われたことばかりではなかった。いつか叔父や叔母、ビアンカに言われた言葉もあった。もう終わってしまったことだったのに、今更になって夢で傷付くなど馬鹿げている。

 分かっているからこそ、余計にギルバートには言えなかった。

 助けに来てくれたギルバートにも、ソフィアが攫われたときに側にいたカリーナにも、言いたくなかった。ソフィアの夢で、二人を傷付けたくない。

 だが、そのことで余計にギルバートに心配をさせてしまっているとなると、本末転倒である。


「仕方がないわね。……とにかく、今は休憩しましょう、ね。今日は料理長がタルトを作ってくれている筈よ」


「──うん、分かった」


 ソフィアは椅子から立ち上がって、ソファに移動した。それを目で追ったカリーナが、くすりと小さく笑って部屋を出ていった。


「だけど……ギルバート様の、負担には……なりたくないわ」


 迷惑をかけている自覚はある。

 かつて、出会ったばかりの頃に、ギルバートの荷物になりたくないと言ったことがあった。結婚した今も、その気持ちは変わらない。

 ソフィアにできることをどれだけ頑張っても、どうしてもギルバートの負担になっているような後ろめたさがあった。

 ギルバートには言えない。もしも口にしたら、そんなことはないと優しく抱き締めてくれることが分かっているからだ。


「でも、夢のことは、なんとかしたいわ」


 心の奥であのときの不安が拭えていないのだろうか。トラウマのようになってしまっているのかもしれない。

 ソフィアはその感覚に覚えがあった。あれは、両親の葬式の後のことだ。もう会えないということが、後になって怖くなったのだ。優しく暖かかった母と、真面目だがソフィアに甘い父。二人を失う夢を、何度見ただろう。

 あのときは一人で眠っていたため、誰にも何も言われなかった。そして、いつの間にかそんな夢も見なくなっていた。同時に寂しさを感じたことも思い出す。


「ソフィアー、お待たせ! 今日は苺のタルトだって」


 からからとワゴンを押す音と共に、ソフィアの鬱々とした感情を吹き飛ばすような明るい声がした。カリーナが戻ってきたのだ。ソフィアは首を左右に振って考えていたことを振り払い、努めて明るい声を出す。


「わあ! 楽しみ。ねえ、カリーナも一緒にお茶の時間にしましょう?」


 ソフィアが言うと、カリーナも頷いた。


「そのつもりで、タルト二つ貰ってきちゃった」


 カリーナはタルトを並べ、ティーカップにそれぞれ紅茶を注ぐ。そして、本来は使用人が座ることはないソフィアの向かい側のソファに腰を下ろした。

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