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令嬢は黒騎士様の役に立ちたい3

 カリーナの話によると、ギルバートは今二十五歳で、王太子直属の近衛騎士団第二小隊で魔法騎士兼副隊長をしているらしい。魔力のないソフィアにとって、魔法騎士とはあまりに縁遠い職業だった。どこか知らない世界の話のように聞こえるが、確かに髪を乾かすなんて繊細な使い方ができるのは魔法に優れた人だけだろうとも思う。


「先代侯爵夫妻は侯爵位を譲って、騎士職で王都から離れられないギルバート様の代わりに領地経営をしていらっしゃるわ。ご兄弟はいらっしゃらないから、この建物に住んでいる家人はギルバート様だけね」


 若くしてギルバートが侯爵であり、一人でこの大きな建物に住んでいる理由がやっと分かった。


「でも、ギルバート様はどうしてお一人なの? ……婚約者はいらっしゃるのかしら」


 ソフィアは首を傾げる。婚約、という言葉に胸の奥がぴりっと痛んだが、その痛みからは目を逸らした。カリーナは驚愕と言って構わないほどの表情でソフィアを凝視している。その表情に少し怖くなって、ソフィアは身動ぎをした。


「──というかソフィア、一週間以上いて、本当に……何も知らなかったのね。それでギルバート様の部屋で過ごしてたって言うんだから、逆にすごいと思うわ」


 どこか言い辛そうなカリーナに、ソフィアは申し訳なく思う。


「ごめんなさい、カリーナ」


「いいえ、ソフィアは悪くないわ。──ギルバート様は令嬢の方々からはとても人気があるの。あの見た目で、侯爵で、騎士で……それでも、 実際に近付こうとする女性はいないのよ」


「……?」


 本当に訳が分からないソフィアは、カリーナの次の言葉を待つ。カリーナはばつが悪そうに目を伏せた。


「ここで働いていなくても、皆知ってることよ。ギルバート様は魔力が強くて、触れた相手の魔力の揺らぎを読むのですって。隠し事でも何でも『見える』らしいわ。ギルバート様が良い方なのは知っていても……誰だって、他人に覗かれるのは怖いわ」


 ソフィアはカリーナの話に目を見張った。会話をするときには、いつも手を触れられていたのを思い出す。まさか自分も覗かれていたのかとも思ったが、ソフィアには魔力がない。思い出したのは、初めて出会ったときのギルバートとマティアスの会話だ。



『──ギルバート、何か見えたのか?』


『いいえ、逆でございます。──何も見えませんでした』



 あのとき、ギルバートはソフィアの手首を掴んでいた。マティアスが見たかと聞いたのは、ソフィアの素性についてだろう。


「何も……?」


 ギルバートは確かに、何も見えなかったと言っていた。そのときにはもうソフィアに魔力が無いことに気付いていて、だから魔道具のない自室に連れてきて保護したのか。ならばどうして、話すときにいつもソフィアに触れるのだろう。聞けば聞くほどギルバートが見えなくなっていくようだ。


「ちょっとソフィア、大丈夫?」


 気遣わしげに肩を揺すられ、ソフィアははっと意識を現実に引き戻した。隣に座るカリーナを見ていられず、一度目を伏せる。それでも顔を上げたソフィアは、カリーナの瞳をじっと見つめた。


「カリーナ、教えて欲しいの。──ギルバート様のお部屋には、どうして魔道具が無いの?」


 ソフィアは瞳が潤んでしまいそうになるのを必死で堪え、カリーナに聞いた。カリーナは小さく嘆息し、触れたままだったソフィアの肩から手を離す。


「ギルバート様の右手、腕輪をしているでしょう。魔力が強過ぎて、あれを外していると触った魔道具が壊れるのですって。詳しい理由は私も知らないんだけど、ずっとつけてる訳にはいかないらしくて、私室と執務室では腕輪を外しているわ」


 何も言えなかった。ギルバートの行動や持ち物に全て理由があったなんて、ソフィアには分かりようがなかった。──違う、知ろうとしていなかったのだ。


「旧道具って呼ばれてるのは魔道具じゃないアンティーク調度のことで、手入れが面倒だから皆嫌がって──……って、ソフィア?!」


 食べ途中だったサンドイッチが、ソフィアの手からぽろりと落ちた。かさりと音がして、膝の上に置いていたバスケットの中に収まる。慌てたように立ち上がったカリーナが、ソフィアの両手を握ってきた。


「カ、カリーナ……私──」


 堪えていたはずの涙がぽろぽろと零れる。カリーナを困らせてしまうのは嫌で早く泣き止みたいのに、涙はソフィアの心から溢れてきているかのように止まらなかった。ギルバートに伝えたいことがあるのに、これからどう伝えていいのかも分からない。


「ごめん、なさい……カリーナ。大丈夫、大丈夫だから──」


 必死に話すが、その言葉がソフィア自身の耳にも頼りなく聞こえる。良くしてくれているカリーナに心配させたくないのに、思うようにできない自分が情けない。


「あーもうっ、大丈夫って何よ? 何か思うことがあったんでしょ。──良いわ、何も聞かないから、今はとにかくちゃんと食べて!」


 カリーナはソフィアの手を離して、無理矢理サンドイッチを持たせた。ソフィアは涙を止められないまま、素直にサンドイッチを口に運ぶ。ぱくり、ぱくりと食べていけば、優しさが広がるように身体が温まっていくのを感じた。


「ありがとう。……ちゃんと食べるね」


「そうよ、食べなきゃ何もできないわよ。午後の仕事だってあるの。──さっさと終わらせて、ギルバート様に会いに行けばいいわ」


「──カリーナ、それは……」


「あら、今日だってギルバート様のお部屋に行くんでしょう?」


 ソフィアは目を逸らしたが、確かに一度ギルバートの私室に行くように言われている。使用人として働きたいと言ったソフィアの為に部屋を用意してくれているらしく、案内と説明をするとのことだった。あのとき、カリーナは確かに部屋の隅に控えていた。


「そういうのじゃないけど……ありがとう、カリーナ。私、午後も頑張る」


 ソフィアがぐっと手を握り締め涙を止めると、カリーナも安心してくれたようだ。残り少なくなった時間で、量が多いと思われたランチを全て食べ──ソフィアとカリーナは邸内へと戻った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まだ読んでいる途中ですが穏やかな雰囲気が好きです。 [気になる点] 何で泣いたんですか?
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