令嬢は黒騎士様を支えたい1
後日談、新章の連載を再開します!
※番外編「ひとりぼっちの友達(ギルバートとマティアスの場合)」を読んでからお読みください。
※以降、書籍版と大きく展開が異なります。ご了承の上お楽しみください。
よろしくお願いします(*^^*)
「披露宴、もうすぐね。私も楽しみだわ」
ソフィアはティーカップを傾けながらのクリスティーナの言葉に、目を瞬かせた。
「楽しみ、ですか?」
「そうよ。一族へのお披露目もまだだから、それもやるじゃない? こんなに可愛いお嫁さんを貰ったのよって、早く皆に自慢したいわ」
クリスティーナは当然だと言うように微笑んでいる。
ソフィアは目の前のティーカップに目を向けた。取手に指先で触れているそれは、ソフィアの不安を映して、透明な紅色の液体を微かに揺らしている。
領地の教会で挙げた結婚式には、フォルスター侯爵家の特に近しい親族数人と、ソフィアの友人として出席したカリーナしか参列していなかった。
一族と言うからには、フォルスター侯爵家にはあの場にいた以上の繋がりがあるのだろう。歴史あるフォルスター侯爵家だから当然のことだが、嫁いでからもなかなか社交界に出ることがないソフィアには実感しづらかった。
結婚式はオフシーズンだったため、まだ貴族達へのお披露目となる披露宴もしていない。やはりそれも、フォルスター侯爵家の規模に見合うだけのものになるのだろう。
「──はい、頑張ります」
ソフィアは仕方のないことだと分かっていながらも、困ったように眉を下げた。
ソフィアの両親は既に亡く、叔父母が犯罪者となり、従妹のビアンカが侯爵領の田舎で葡萄酒作りをしている今、本来ならば絶対的な味方となる親族を、ソフィアは持たない。邸で穏やかに暮らしているときには気にならないことが、こうして多くの人に品定めされるような場面を目の前にすると、どうしても気になった。
弱気になってしまうのは、最近の夢見の悪さも関係あるのだろうか。隈はカリーナに隠してもらっているが、弱気な心は隠しきれない。
雰囲気を変えようとしたのか、クリスティーナが焼菓子に手を伸ばして、口に運んだ。さくりと軽い音を立てて消えた焼菓子は程良い甘さだったようだ。ギルバートの実母であるクリスティーナは、年齢を感じさせない美しい顔を少女のように綻ばせた。
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。面倒な人がいないわけではないけれど、基本、分家は本家に逆らえないわ」
「そう、ですね」
にこにこと無害そうな微笑みで辛辣なことを言うクリスティーナに、ソフィアは引き攣った笑顔で返す。
アイオリアとエラトスの戦争が終結してから、数か月が経った。国境の防御壁は両国の協力によって修復され、バーガン辺境伯領の荒れた土地も、派遣された魔法騎士達と領民達の努力によって、早いペースで復興してきているらしい。ギルバートは近衛騎士団第二小隊の任務のために王都に留まっているが、そちらに支障のない範囲で助力をしているようだった。
季節は巡り、今は夏の盛りだ。多くの貴族がそれぞれの領地に戻りつかの間の休暇を満喫している中、ソフィア達は引き続き王都のタウンハウスで日々を過ごしていた。
王太子であるマティアスは常に王都にいるのだ。側近の一人として護衛を務めるギルバートが、長期の休暇を簡単に取れる筈もなかった。
「披露宴は、次のシーズンの始めでしたよね。私、頑張ります……っ」
秋になれば、また社交シーズンが始まる。新年に社交界デビューしたソフィアにとっては、社交シーズンを通しで経験する初めての季節になる。ギルバートの妻を名乗るのは、やはり緊張する。
「そうね……王城の夜会より前に、フォルスターの一族がここに集まって、年に一度の会議を行うの。それに合わせて、昼食会も開かれるわ。会議はそれぞれの家の当主が参加するけれど、昼食会は皆が揃うし、女性はお茶会もすることになっているの。私達もお手伝いは出来るけれど、今代当主夫妻が仕切るしきたりになっているわ。ハンスから聞いている?」
歴史あるフォルスター侯爵家には分家も多く、彼等はそれぞれ違う爵位を持ち、違う名前を名乗っていると聞いている。派閥としては大差ないが、その内情はそれぞれだとも。言い換えれば、仲が良い者だけでも悪い者だけでもないということだ。
「はい。ハンスさんが教えてくださいました。ギルバート様が手配を進めてくださっているようです。私も、招待状の用意をお手伝いさせていただいていますが……」
ソフィアはそこまで話して、口を噤んだ。
フォルスター一族の会合への招待状と、結婚披露宴の招待状。今ソフィアに出来ることは、それらを書くことくらいだった。それが、余計にソフィアの不安を煽る。これで良いのだろうか、と。
「あら、充分よ。会場の準備はもっと後だもの。──あ、でも、衣装合わせがそろそろよね。私も一緒に見て良いかしら?」
衣装は王都で人気の工房に依頼して、デザイナーと職人を邸に呼ぶらしい。大掛かりなそれを恐れ多く思う気持ちもあるが、貴族令嬢の一人として、楽しみでもあった。
「勿論です! お義母様が一緒でしたら、私も心強いです」
クリスティーナは本当にソフィアに良くしてくれている。エルヴィンも心からソフィアを受け入れてくれていることが分かる。後ろ盾がないソフィアにとっては、それが本当に心強かった。
「もうっ、ソフィアちゃんは可愛いわね。思いっきり可愛くして、ギルバートをびっくりさせちゃいましょう」
「ありがとうございます」
ソフィアは紅茶を口にして、ほっと息を吐いた。
今日もギルバートは遅くなるのだろうか。今月に入り、ギルバートは更に多忙になった。どうやら休暇を取る部下達の分まで仕事を引き受けているらしい。その優しさをギルバートらしいと誇らしく思いつつ、帰りを待つ身としては複雑でもある。
特に今は目の前に迫る催しに、小さな不安が芽生えているときでもある。ソフィアはそれを自覚し、心に浮かぶ甘えをぐっと呑み込んだ。
クリスティーナが気遣わしげにソフィアを見ていることに、気付く余裕はなかった。