ひとりぼっちの友達(ギルバートとマティアスの場合)5
そうして行った炎竜討伐は、マティアスが想像した冒険とは程遠いものとなった。
王都から馬を駆って一刻程のところに、王家所有の森がある。外から見るとその一か所から小火のような煙が上っていて、炎竜がいる場所が分かった。ギルバートとマティアスは馬を森の入り口に繋ぎ、足音を殺して煙に近付く。
「いた。あれが炎竜だね」
ギルバートが初めて見る炎竜は、まさに魔獣と呼ぶに相応しい見た目をしていた。爬虫類に似た身体に、巨大な口。首を跨げた身長は周囲に生い茂る木と同じくらいの高さがあった。羽が生えているのを見るに、きっとここまで空を飛んできたのだろう。
これまでギルバートが魔獣を見たのは数回だった。それも家族でフォルスター侯爵領に戻ったときに畑を荒らしていた、猪のようなサイズのものだけだ。見たことない巨大な魔獣に、怯んでしまいそうになる心を叱咤する。
「殿下。今更ですが、もしやこの討伐は……」
おずおずと小声で聞いたギルバートに、マティアスが引き攣った笑顔で答える。
「勿論、騎士団には秘密だよ。私自ら騎士も連れずにここまで来るなんて、許される筈がないだろう?」
やはりそういうことだったらしい。ギルバートは素直にここまで来た自らの選択を今になって後悔した。しかし来てしまったからには、倒すしかない。逃げ帰る選択肢はギルバートの中には無かった。
事前に書物で調べた炎竜は、その羽で空を飛び、口から炎を吐くことで街に害を及ぼすらしい。体表温度と吐き出す火力は、周囲の環境に依存するとも書いてあった。普段は人が住まない火山地帯に生息しているが、稀に人里の近くに現れると害獣として扱われるそうだ。
ならば今は火山地帯にいるときより、体表温度は低く、吐き出す炎の火力も弱い。
「そうですね。では、さっさと片付けましょう」
ギルバートは両腕を伸ばし、その掌を胸の前で重ね合わせた。体内の魔力を掌に集中させる。狙うは、脅威となり得る炎竜の羽と口だ。
「待って、相手は炎竜だ。作戦を──」
マティアスが言うより早く、ギルバートの手から発生した冷気を発する氷の刃が炎竜の両の羽を捥いだ。
「ギヤアアアァァッ!」
悲鳴を挙げた炎竜の口に氷の球を打ち込む。今にも吐き出されようとしていた炎が、氷と相殺されて掻き消えた。次に炎竜が口を閉じた瞬間、ギルバートはその口を開かないように氷づけにする。
ギルバートは想定していた通りの状況にほくそ笑んだ。マティアスが言葉を忘れてしまったように、ただじっとそれを見ている。
「殿下。何もなさらないのなら、このまま私が仕留めますよ」
空を飛ばず炎を吐かない炎竜など、もはや脅威ではない。どんな生き物も、首を落とせば倒せるのだ。
「はあ!? 分かった──よっ!」
マティアスが駆け出して、腰に提げた剣を抜いた。ギルバートもそれに続く。最大の脅威は削がれたとはいえ、爪には充分な殺傷能力があり、口枷になっている氷も相手が炎竜では長時間はもたないだろう。早く片を付ける必要があった。
今のままでは首まで届かない。マティアスは手足を狙って剣を振るっていた。ギルバートもそれが最も良いと考え、マティアスとは別の手足に狙いを定める。しかし、その鱗に覆われた皮は予想以上に硬く、何度も強く斬り付けて、やっと傷口が広がってくる程度だった。
「面倒ですね」
いつかは切れるだろうが、腱に届くまでにどれだけかかるだろう。正直、人力ではきりがなかった。
「ギルバート殿?」
マティアスがギルバートの様子の変化を感じ、声をかけてきた。名前に殿など付けてもらう、その時間すら今は惜しい。
「呼び捨てで結構です。殿下、離れてください」
体表温度は周囲の温度に影響される。ならば、いっそのこと全身を氷で覆ってしまえば。ギルバートはマティアスが炎龍から距離をとったことを確認して、右手首の腕輪を外した。制御がなければ、魔力の最大出力が上がる。人間相手でなく、周囲に人がおらず、ギルバート自身が冷静でいられる現状では、特に腕輪の必要も無かった。
そして、先程炎竜の口に向けた魔法と同じ魔法を、今度は炎竜の全身に向けて発した。
「──……っ」
大きな魔力の放出に息が僅かに乱れる。しかしその甲斐はあったようで、魔法を止めた時点で、炎竜はすっかり氷づけになっていた。凍ってしまえば、硬い鱗も皮も関係ない。凍ったものは、脆いのだ。ギルバートは自身の剣に氷の魔法を纏わせ、尾から背中に向かって炎竜の身体を駆け上り、あっさりと首を落とした。どすん、と大きな音がして、地面が揺れた。
確実に仕留めたことを確認して飛び降り、離れた場所にいたマティアスの側まで歩み寄る。
「殿下、討伐完了ですね。──殿下?」
マティアスは唖然とした顔で炎竜を見ていたが、ゆっくりとその視線をギルバートへと移した。
「えー……ああ、そうか。その方が効率良かったね」
「申し訳ございません。私も炎竜は初めてでしたので、加減が分からず手間取りました」
時間がかかってしまったのは、ギルバートの見通しが甘かったせいだ。折角の冒険なのだから、共に炎竜を倒したかったのだが、予想よりも頑丈だった。こんなに硬いのだと分かっていたら、最初から凍らせて、マティアスと共に止めを刺していたものを。
「手間取ったって……そうか、そうだね。は、ははは……っ」
マティアスがどうしても堪えられないと言ったように、声を上げて笑い出した。何が面白かったのか分からないギルバートは、首を傾げるしかできない。
「殿下?」
「っ……は、面白かったね。また一緒に冒険しようか」
まだ収まらない笑いの中、マティアスが目元に滲んだ涙を拭いながら言った。
ギルバートは妙に清々しい気持ちだった。身の内に燻っていた魔力を消費できたからか、はたまたマティアスの言う友人同士の冒険が楽しかったのか。
ともあれこのことがきっかけで、ギルバートとマティアスは共に過ごす時間が多くなっていった。