ひとりぼっちの友達(ギルバートとマティアスの場合)4
「──……炎竜、でございますか?」
「そうだよ」
目の前にいるマティアスの気品ある美しい姿からは想像できない言葉が飛び出してきて、ギルバートは動揺した。初対面の相手、それも王子が突然魔獣討伐に誘ってきたのだ、驚かない筈がない。しかしその動揺を悟られないように、ギルバートは呆れた風を装って問いかけた。
「突然何を仰って──」
「突然でも何でもないよ。うん、興味は持ってもらえたみたいだし、順を追って説明しようか」
ギルバートの言葉を途中で切ったマティアスは、口角を上げた。ギルバートは僅かな意識の揺れを拾われたらしいことを理解する。心を読むことばかりで、読まれることには慣れていない。そういった経験をする機会など、これまでになかった。
「まず、私は君を入学時から知っていたんだ。ギルバート・フォルスター殿。フォルスター侯爵家の嫡男でありながら、強大すぎる魔力を持ったため、引き篭って過ごしていた君のことをね」
「それが、どうされましたか」
二度目の衝撃は、表情に出さずに済んだ。
「ふふ、そうか。やはりこの程度の揺さぶりでは動揺を見せないね。続けよう」
マティアスは立ったままでいるギルバートに、埃まみれの椅子を勧めた。ギルバートはそれを固辞して、首を振る。埃を払うのも面倒であるし、そもそも得体の知れない相手の前で寛いだ姿勢をとることには抵抗がある。マティアスは構わないとばかりに、話を続けた。
「実際に入学してきた君を見て、私は最初の認識を改めた。座学も実技も記録に残るほどの
好成績。魔力によるトラブルもない」
「ありがとうございます」
「だが、楽しそうには見えなくてね。君は、一人でいるのが本当に好きなのかい?」
「──……っ」
息を呑んだ。ここにきて、ギルバートは初めて誰が見ても明らかなほどに動揺した。
一人でいるのが好きだったわけではない。ただ、一人でいる以外の選択をする余地が無かったのだ。
それは誰にも見破られない自信があった。氷の貴公子などと呼ばれ始めたとき、ギルバートは実は安心していた。傷付くことを恐れる自分を、誰にも見つからないように上手く隠し通せると思ったからだった。
「ふふ、そんなにびっくりしたかい? まあ、こんな立場で、私も友人と言える相手はいない」
マティアスは一度ゆっくりと息を吐いた。そうして、口角を緩やかに上げる。
「だから、私と友人にならないか、と思ってね」
友人、それはギルバートが願い、とうの昔に諦めたものだった。聞き間違いかと思ったが、マティアスは確かに友好的に見える笑顔をギルバートに向けていた。
即答できなかったギルバートは、先に気になっていることを聞くことにした。
「それと炎竜が、どう関係するのですか」
「──だって、友人同士というのは、共に冒険をするものなんだろう? 今、王家所有の土地に炎竜が現れて、近隣の村に影響を及ぼす前に討伐しようって話になっているんだ。君の魔力があれば、二人でも十分すぎる戦力だ。だから冒険にちょうど良いと思ったんだが」
当然のことのように言うマティアスは、自身の情報が間違っているとは微塵も疑っていない表情だ。しかし冒険をすることと友人になることの間に、論理的関連性が存在しない。
「その情報はどこで得られたのです?」
「『アイティラ騎士物語』だ」
アイティラ騎士物語とは、この国の男の子なら誰もが一度は読むであろう物語だ。アイティラ国の騎士を目指す主人公が、様々な困難を乗り越え夢を叶え、友と共に国を困難から救う物語。勿論、ギルバートも読んだことがある。
予想以上に可愛い理由が出てきて、ギルバートは気が抜けてしまった。マティアスという王子は、実は面白い人なのかも知れない。興味が湧いてきたギルバートは、覚悟をして右手を差し出した。
「──私と、握手をするつもりはありますか」
「構わないよ、はい」
驚くほど簡単に差し出された右手が、ギルバートの手を握る。ギルバートはそこから読み取れる魔力の揺らぎに意識を集中させた。
将来国王になるという重圧、日々の苦悩と言葉にすることを許されない鬱憤、アイオリア王国への愛、国民への愛。人と繋がりたいという、寂しさ。そしてギルバートへの純粋な興味と、友人が欲しいという欲求。
思っていた以上に純粋なその心情に、ギルバートは瞠目した。
「何か見えたかい?」
マティアスが手を握ったまま、刺のない言葉でギルバートに問いかける。
「ご存知、で」
「当然だよ」
知っていたのか。知っていて、ギルバートの手を握ったのか。それは魔力の揺らぎを読んで知ることができた内面よりも、ギルバートがマティアスに強い信頼を寄せる明確な理由となった。
ギルバートは握手を解いて一歩引いた。そして、貴族として最も正式な王族に対する礼の姿勢をとる。
「失礼いたしました。何も──何も、問題ございません。共に冒険をいたしましょう、殿下」
「ありがとう。でも、その礼は不要だよ。私達はもう友人だからね」
ギルバートはパブリックスクールに入学して初めて友人を得た。相手は王子──それもまもなく王太子となり、いずれ国王となる者だったが、ギルバートにとっては人生を通して初めてできた年齢の近い友人であった。