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ひとりぼっちの友達(ギルバートとマティアスの場合)3

 原因は感情の昂りによる魔力の暴走だったらしい。あのときの女の子は、ギルバートが突き飛ばしたおかげで擦り傷一つで済んでいた。それらをエルヴィンから聞いて、ギルバートは心の底から安堵した。

 その日から、ギルバートは外の世界に対し、強い恐怖を抱くようになった。決して傷付くことのない、優しいフォルスター侯爵家の中に、ずっといたいと思った。しかしギルバートは嫡男であり、兄弟もいない。嫌でも将来、この家を背負って社交界に出なければならない。

 それから何年かほとんど引き篭もったまま生活していたギルバートだったが、十三歳を目前にして、パブリックスクールへの入学が決まった。

 両親にとって、それはきっと賭けだったのだろう。このままでは、一人息子が駄目になってしまう、と。しかし、パブリックスクールでは、当然のように魔道具が使われている。それについてギルバートがエルヴィンに相談したところ、その無駄に良い頭でどうにかしろ、とばっさり言われてしまった。

 どうにかできるならとっくにどうにかしている、という言葉を呑み込んで、それからしばらくの間、ギルバートは自室に篭って研究に没頭した。魔力を調整するのだから、常に身につけることになる。軽量で、邪魔にならない物が良い。家に来た行商からシンプルな白金の腕輪を素材としていくつも購入し、魔石を内側に埋め込んだ。自身の魔力と同調させながら何種類かの回路を描いていくと、数個目でやっと成功した。そうしてできたのが魔力制御の腕輪だ。

 いつもなら溢れ出ていくだけの魔力が、腕輪を媒介にして循環し、更に溢れる分は腕輪の魔石に吸収されていく。魔石に吸収させた魔力は定期的に放出する必要がある上、休ませず連続で使用すると壊れやすくなるという欠点はあったが、とはいえこれまでの生活と比較すると雲泥の差である。

 試しにこっそりと使用人の作業部屋に行って、洗濯機を触ってみた。予想通り正しく動いたそれを見たときの感動を、どう表現したら良いだろう。動き出した洗濯機を見て泣きそうになったなどと誰かに言えば、ついにおかしくなったかと笑われてしまうだろう。





 パブリックスクールには、多くの貴族子弟が通っている。これまで接することを避けていた人達と、嫌でも接しなければならない。だから、ギルバートは仮面を被った。

 丁度良いことに魔力は多かったし、引き篭もっていた日々のおかげで勉強もできた。剣の腕や体術も、師範との稽古の成果は充分にあった。人より能力が高いことを示せば、そうして孤高の存在を演じてしまえば、きっと皆がフォルスター侯爵家の嫡男として、遠巻きにしてくれるだろう。皆が持っているような友人も淡い恋愛も、諦めてしまう方が、夢を持ち、希望を抱くよりもずっと楽だった。


「拍子抜け、だな」


 実際のところ、ギルバートはパブリックスクールの中でも、トップの成績だった。また、親譲りの華やかな外見も、周囲から一定の距離を取るのに都合が良かった。そうしてあっという間に騒々しさのない望んだ通りの生活を手に入れた。

 他者に触れて魔力の揺らぎを読んでしまうのは、少しすると慣れてきた。要は、どんな感情であれ、自身に傷一つつけられないのだと強く思い込んでしまえば良いのだ。無理をしている自覚はあったが、突き通してしまえばそれも板についてくる。そうして半年も経つと、氷の貴公子として一目置かれ、誰からも認められるまでになっていたのだった。


「──ねえ、ギルバート・フォルスターって、このクラスだよね」


 そんな平和な、ある意味では退屈な日常が壊されたのは、唐突だった。


「はっ、はい! 今呼んできます」


 ギルバートを呼ぶ者など、教師以外にはいない筈だった。それなのに、クラスメイトから声をかけられて教室の入り口に目を向けた先には、明らかにギルバートとそう歳の変わらない男がいた。

 男は金色の長い髪を低い位置で一つに結んでいた。そこらの女よりも艶やかな髪は、丁寧に手入れがされていることが窺える。そしてあまりに印象的な空色の瞳。ギルバートの瞳の色が夜空の藍色だとすると、明るい太陽が照らす昼間の空の色だ。

 ギルバートはその男を知っていた。二学年上の、有名人だ。本来ならばパブリックスクールに入学すること自体珍しいその人は、今の国王の長男だ。


「マティアス殿下……」


 ギルバートは予想外の来客に急いで席を立った。マティアスは片手を軽く上げて、王子という立場に相応しい輝かしい笑みを浮かべている。


「やあ、ギルバート・フォルスター殿。その様子だと、私のことは知っているようだね。少し時間をもらえるかな?」


 問いかけの形をしたその言葉は、断られることを想定していない。


「はじめまして、殿下。構いません、早く参りましょう」


 クラスメイト達はギルバートとマティアスの会話に興味津々のようで、耳を大きくしているのが分かる。噂話にされるのも見せ物になるのも嫌だったギルバートは一旦言いたい言葉を全て飲み込んで、言外に場所を移すことを提案した。マティアスがそれを察して頷く。

 移動した先は使われていない空き教室だった。端に寄せられた机や椅子を見る限り、荷物置き場として使われているようだ。マティアスは埃を被った机の表面を撫でて、汚れた手の埃を叩いて落とした。そしてそのいかにも品行方正な王子様らしい外見に似つかわしくなく、ひょいと机に腰掛ける。


「今日は、君に折り入って用があるんだ」


 次にマティアスが言った言葉に、ギルバートは息を飲んだ。


「私と共に、炎竜を倒しに行かないかい?」

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