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ひとりぼっちの友達(ギルバートとマティアスの場合)2

 食事会は、ギルバートにとって退屈以外の何物でもなかった。大人達は皆貼り付けた笑顔だったし、ギルバートよりも年上であろう子供がぐずっていた。全く、同じフォルスター家の血筋なのに、どんな教育を受けているのか。

 冷めた気持ちでそれを見ながら、ギルバートは内心で嘆息していた。


「──では皆様、移動いたしましょう」


 エルヴィンの号令で、食事を終えた大人達は席を立った。子供達は一度庭に行くようで、シッター役の使用人数人に連れられてぞろぞろと移動していく。それを横目に、ギルバートは予定通り、ひとり、自室に戻った。

 こういうことは今回が初めてではなく、ギルバートは慣れっこだった。しかし、慣れていることと、何とも思わないことは違う。もし何とも思わないでいられたのなら、もっと子供らしくできたのだろうか。


「この前習ったところ……復習するか」


 ギルバートは机に向かうことにした。勉強に集中してしまえば、気にならないだろう。しかし暖められた部屋で、頭を冷やそうとしてそっと開いた窓から、庭にいる子供達のはしゃぎ声が飛び込んでくる。集中しようとすればするほど、それははっきりと聞こえてきた。

 そして勝ったのは興味と誘惑だった。言い訳は、四阿に忘れてきた元々着ていた上着を取りに行くことだ。そう、実はハンスに持ってきてもらわなくても、上着はあった。上着なしのまま庭に出してもらえるほど、フォルスター侯爵家の使用人は甘くない。そしてギルバートも、大人しくいうことを聞くほど素直ではなかったのだ。





 庭では、子供達が追いかけっこをしているようだ。シッター役の使用人達もいるため、流石に混ぜてとは言えなかった。ギルバートは四阿で置いたままだった上着を着て、そのままこっそりとそこから様子を窺っていた。


「ねえ、あなた、本家の子よね」


 そこにいたのは女の子だった。分家とはいえフォルスターの家系なのに、その子が着ている服はあまり綺麗とは言い難かった。まだギルバートも学んでいる途中だが、中には領地の経営が芳しくない者もいるとのことなので、そういうところの子なのだろう。大人達がそのような家の救済のために会議をしているらしいから、この子の家もこれからもう少し上手くいくようになればいい。


「あ……、うん。僕は、ギルバート」


「どうしてこんなところに隠れてるの?」


 女の子は名乗りもしないで、質問をしてきた。子供相手に慣れていないギルバートは、こういうものだろうと思いながら口を開く。


「一緒に遊ぶなって、父上から言われているから」


 ギルバートがその力で傷つくことのないように、という、エルヴィンなりの気遣いだ。まさに今破ってしまっているのだが。


「ふうん。本家ってのは、随分偉いのね」


 女の子が、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。


「そういう意味じゃ──」


「……そうなの? ばれなきゃ良いなら、ここで、私と遊ぶ?」


 女の子は、ギルバートにとってとても都合の良い言葉を口にした。


「いいの?」


 嬉しくて、嘘みたいで、確認したギルバートの手を、女の子は笑顔で掴んだ。


「もちろんよ!」


 そしてその瞬間、女の子の魔力の揺らぎが、感情が、ギルバートの中に流れ込んできた。



『本当に、本家の奴等は自分達に都合の良いことばかりだ。あのくそ真面目だけが取り柄の青二才が』


 手入れの行き届いていない邸。

 領民からの嘆願書の山。


『おい、リリア。本家の息子と仲良くなれば、一生遊んで暮らせるぞ』


 それまで着ていた豪奢なドレスから、わざと古いドレスに着替えさせられる女の子。


『あなた、まだリリアには分からないわ』


『いや、小さくても女は女だからな。──いいか、今から行く家の、可哀想な男の子の、一番の友達になってあげるんだ』


 同じように華やかな服を脱いで着替える、両親らしき男女。


『分かった。リリア、優しいから。可哀想な子の友達になってあげるわ!』


 そう口にしながら、女の子は、全て理解していた。

 本家というのが、自分達より格上の存在であることも。

 領地で贅沢をしていることは、これから行く場所では秘密だということも。

 両親が、良くないことで得た金で贅沢をしていることも。

 可哀想な子と言われているのが、本家の嫡男であり、玉の輿だということも。

 女の子は、理解していた。



「──……っ!」


 ギルバートはその手を振り払った。それ以上触れていると、おかしくなってしまう気がした。


「ちょっと! いきなり何を──」


 女の子が不機嫌に文句を言う。しかしそれは、ギルバートが突き飛ばしたことで途切れた。大事にしてはならない、他人を傷つけたくないと、どこか冷静な声が頭の中に響いたからだった。

 悔しい。痛い。辛い。たった一人から向けられた歪んだ感情が、こんなに自身を不安定にするなんて思わなかった。ギルバートの身体の中いっぱいに満ちた名前のつかない感情が、渦を巻いて一気に吹き出そうとしていた。


 その後のことは覚えていない。いつの間にか気を失っていて、いつの間にか日が沈み客人は全員帰っていて、お気に入りだった四阿は、庭から姿を消していた。

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