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令嬢は黒騎士様の役に立ちたい2

「一階は玄関抜けてすぐのサルーン、向かって左側が大広間と控えの間で、右側に応接間と食堂が並んでるの。その奥が厨房と準備室。大広間は今は滅多に使わないわ。温室もあるけれど、そこは庭師の管轄ね」


 カリーナはまず、ソフィアに侯爵邸内の部屋を教えていった。ソフィアは忘れないようにメモを取りながら、カリーナについて行く。カリーナの言う注意事項を細かい文字で書き付けていくと、簡単な見取図のようになっていく。


「旧道具の手入れが仕事になるからあまり一階で仕事をすることはないでしょうけど、呼ばれることもあるから覚えておいて」


「はい。あの、旧道具っていうのは……?」


「それはほとんど二階よ、ついて来て」


 サルーンに戻って階段を上る。二階の廊下はそこから左右に伸びていた。ソフィアが知っているのは、左に折れて二つ目の一番立派な扉のついた部屋──侯爵家当主ギルバートの私室くらいだ。


「二階にはギルバート様の部屋と、執務室と居間があるわ。それ以外の空き部屋は今は客間にしていて、お客様が泊まれるようになっているの」


 執務室は廊下を歩いて居間とギルバートの部屋を通り過ぎた端にあった。やはり重厚な雰囲気の扉だ。階段の反対側は全て客間らしい。


「あの間の部屋は?」


「そこは侯爵家当主の奥方様の部屋よ。ギルバート様はご結婚されていないから、今は空き部屋ね」


 執務室とギルバートの部屋の間にある部屋だ。綺麗な扉だと思ったが、やはり家人の部屋なのだとソフィアは納得する。しかしカリーナの説明にどうしても気になることがあって、ソフィアは思わず立ち止まった。


「──ギルバート様って、独身でいらっしゃるの?」


 カリーナも立ち止まり、目を丸くしてソフィアを振り返る。驚きと呆れが混ざったような顔を向けられ、ソフィアは頬を染めた。


「何を今更……ソフィア、ずっとギルバート様のお部屋にいたんじゃないの?!」


「そう、なんだけど……私、ギルバート様のこと、騎士様ってこと以外何も知らなくて」


 口数の少ないギルバートは、ソフィアにその日何があったかを尋ねるばかりで、あまり自身の話をしなかった。ソフィアもまた、話すときには何故かいつも手を繋いでくるギルバートに対し、話したい気持ちよりも恥ずかしさが勝っていた。ソフィアはギルバートの手の感触を思い出してしまう。顔に出ていたのか、カリーナの溜息が二人しかいない廊下にやけに大きく聞こえた。


「最初にソフィアをギルバート様が連れ帰って来たときなんて、大騒ぎだったのよ! 何も知らないって──じゃあ何処で知り合ったって言うの?」


「それは……」


 ソフィアは言い淀んで目を伏せた。何も知らないカリーナは、ぐっと息を呑む。その時、見計らったかのように正午を知らせる鐘が鳴った。


「いいわ、詳しい話はランチをしながらにしましょう」


 有無を言わせず腕を引くカリーナにソフィアは目を見張った。カリーナは歩くのが速く、ソフィアは合わせて急いで足を動かす。たどり着いた一階の準備室で、ソフィアはカリーナの真似をして厨房とのカウンターから使用人用のランチバスケットを受け取った。


「──こっち。庭で食べましょう」


「あ、はい……っ」





 訪れた裏庭では、休憩に入った使用人達がそれぞれベンチで食事をしているようだった。ソフィアもそれに倣って、空いているベンチを探す。周囲に人の少ないところを選んで、二人並んで腰掛けた。


「あー、今日は遅かったか」


「遅かった、って……?」


「ランチの時間、来客がなければ使用人は裏庭を使って良いことになってるの。で、季節の花の前は人気、ってわけ」


 確かにカリーナの言う通り、周囲を見渡すと花盛りの花壇や色付いている木々の側のベンチは全て埋まっていて、ソフィア達の側の花壇は植え替えの為か何もない土だけの空間だった。


「……でもまぁ、いいか。それで? 話せるとこだけ話してよ」


 カリーナは真面目な顔でソフィアを見ている。普通ならそんなにすぐに他人を信用できないはずなのに、ソフィアが侯爵家に連れてこられてから側に付いていてくれたメイドであるカリーナだからこそ信じたいと思った。


「ええと、私、森で拾われたの」


 ぽつりと口を開いたソフィアの最初の言葉に、カリーナは目を見張った。他の良い伝え方が思いつかなかったのだ。ソフィアは誤魔化すように苦笑することしかできない。


「──どういうことよ?」


「……実家を追い出されて、行く場所なくて。王家の森で寝てたら、ギルバート様達に見つかって……殿下の命令でここに保護されたの」


「そうだったの。……最初連れてこられたときあんまりにぼろぼろで、なのにギルバート様が大事そうに抱えてて、どうしたのかしらって──やっと過保護の理由が分かったわ」


 ランチバスケットの中には、美味しそうなサンドイッチとサラダが入っている。男爵邸で与えられていた食事より多いかもしれない。食べ切れるだろうかと思いながら、ソフィアはハムサンドを齧った。


「だから、実はここのこと何も知らなくて……」


 ハムは厚く切られていて、とても美味しい。メイドの食事にこれだけのものを与えているということに、侯爵家の力を見せつけられたような気がした。昨日まで近くにいたギルバートが遠い存在であったのだと、分かってるつもりで本当は分かっていなかったのかもしれない。不意に浮かんだ寂しさにも似た気持ちに蓋をする。


「──じゃあ、私が簡単に教えてあげるわ。仕事に支障もあるでしょう」


「ありがとう、カリーナ」


 カリーナの微笑みから、ソフィアを本当に思い遣ってくれていることが伝わってくる。はにかむように表情を緩めれば、カリーナはソフィアの肩を何度か軽く叩いて笑った。

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