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令嬢と黒騎士様は家に帰る3

 ソフィアが誰もいないサロンのテーブルの上に花瓶を並べて花を活けていると、ハンスがやってきた。


「奥様、こちらにいらっしゃったのですか」


 ハンスは急いでいる様子でもなく、ソフィアの側まで歩み寄ってくる。


「ハンスさん。何かありましたか?」


「いえ、奥様がこちらにいらっしゃると聞きまして」


 手を止めようとすると、ハンスは続けるようにと指し示した。ソフィアは頷いて手元の花瓶の花のバランスを整える。丁度良く飾り付けて、端に寄せた。


「大丈夫です」


 ソフィアは小さく微笑んだ。


「王太子妃殿下から、お手紙が届いております」


「エミーリア様から?」


 エミーリアとは個人的に一度お茶をした程度の仲だが、おそらく王太子妃という立場故に今回のことも知っているのだろう。心配させてしまっただろうか。


「はい、こちらです」


 手紙を受け取って封を開ける。そこには整った美しい文字で、季節の挨拶から始まり、ソフィアを気遣う言葉と、次のお茶会の招待が書かれていた。個人的なものなので、気遣う必要はないと書いてある。


「お茶会に誘われてるので、お返事は早い方がいいですよね。この後すぐに……」


 ソフィアはハンスがわざわざここまで持ってきたのだから、返事は急いだ方がいいだろうと思った。まして王太子妃からの手紙である。顔を上げて言うと、ハンスはばつが悪そうな顔をした。


「いえ……その」


 どうも言葉の歯切れが悪い。首を傾げると、ハンスは苦笑した。


「奥様がいると確認したくて、ついここまで来てしまいました。気にせず続けてください」


 それはハンスにしては感情的な発言で、ソフィアは驚いた。


「え?」


「奥様がいらっしゃらなくて落ち着かなかったのは、私も同じだったということです。本当に──無事に帰ってきてくださって良かった。ソフィア様は、ちゃんとギルバート様の側にいなくては駄目ですよ」


 ハンスが、しばらく呼ばれることのなかった名前でソフィアを呼ぶ。それは親愛の証であるようで、ソフィアは嬉しくなった。最近は奥様と呼ばれることが多く、その自覚を持つよう意識していたが、それよりなにより、侯爵家の一員として受け入れられているような気がする。


「ありがとうございます、ハンスさん。私も、ここにいるのが幸せです。──やっぱり、これが終わったらすぐにお返事書きますね。エミーリア様をあまりお待たせする訳にはいかないですから」


 ハンスは短く返事をして部屋を出ていった。部屋の端に無言のまま控えていたカリーナが苦笑する。


「ハンスさんも落ち着かないのね。ソフィア、もういなくなっちゃ駄目よ」


「うん、もう嫌だわ。私の不注意でもあったの。ごめんね、カリーナ」


 ソフィアの言葉に、カリーナは首を左右に振った。


「ううん、私もいけなかったの。ハンスさんに頼んで、もっと護身術の勉強をしようと思って。外に出るときはソフィアには護衛が付いてるけど、ここの中じゃそうはいかないもの」


 カリーナは、今回みたいに、と眉を下げた。ソフィアの側にいる時間が一番長いからこそ、責任を感じてしまっているのだろう。ソフィアはその言葉にぎゅっと目を閉じる。


「そう……ね」


 今回は多くの人に迷惑と心配をかけてしまった。今後同じようなことがないと良い。落ち込むソフィアに、カリーナは笑った。


「ソフィアも一緒にやる? 身体を動かすのも悪くないかもしれないわ」


 明るく言うカリーナに、それまでの真面目な思考が一気に霧散する。ソフィアは思わず笑った。


「護身術? ……ギルバート様、何て言うかしら」


 そういったことについて経験の無いソフィアは首を傾げた。フォルスター侯爵家の当主の妻としては、やはり学んだ方がいいのだろうか。興味が無いわけではないが、疑問は残る。


「聞いてみたら良いんじゃない?」


「うん。そうね」


 ソフィアは曖昧に笑って、最後の花瓶に花を活けた。





「──護身術?」


 帰宅したギルバートに今日の話をすると、ギルバートは僅かに眉間に皺を寄せた。


「やっぱり、私には難しいでしょうか」


 ソフィアはソファに座ったまま、しゅんと肩を落とす。ギルバートは難しい顔のままだ。


「そうだな……身を守る手段はあった方が良いだろう」


「じゃあ──」


「だがお前が護身術を学ぶことはない。少し、考えさせてくれ」


 ギルバートはソフィアの頭をぽんぽんと軽く叩いた。ソフィアは無言のまま頷く。ギルバートは言葉を重ねた。


「体力をつけるのは良いことだが、お前を守る役目は私に譲ってほしい。あまり神経質になるな」


「ギルバート様……」


「大丈夫だ。使用人と出入りの商人達の身元は改めて調べたし、邸内のセキュリティも高めてある。もう、同じような目には遭わせない。──誓う」


 何も言えないままのソフィアを、ギルバートが緩く抱き締める。腕の中は暖かくて、やっと身体の力が抜けてきたような気がした。

 帰ってきてから今まで、どこか現実感のないまま過ごしていた。親しみ慣れた家に空いていたソフィアの形の穴に、すっぽり収まったような感覚だった。今日一日、これまでと同じように生活していたつもりだったが、無理をしていたのだろうか。

 ギルバートの言葉は、ソフィアをその型の中から引き出して包み込んでくれるようだった。無理をしないようにと温めてくれているような、そんな気がした。

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