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令嬢と黒騎士様は家に帰る2

 ソフィアはカリーナの手伝いで入浴を終え、自室で刺繍をしていた。ギルバートの近衛騎士団のエンブレムを入れたハンカチだ。剣と盾をモチーフにしたそれは、今回の事件の前に作っていたものだった。

 扉が軽く叩かれ返事をすると、夜着に着替えたギルバートが入ってくる。


「──ソフィア、刺繍をしているのか」


「はい。おかえりなさいませ、ギルバート様」


 ソフィアは途中の針を生地に軽く刺してテーブルの上に置き、立ち上がった。側に置いておいたストールを持ち、ギルバートの肩に掛ける。


「まだ、夜は冷えますから」


「ありがとう。今は何を刺して……」


 ギルバートがそれまでソフィアが座っていた椅子の向かい側に座ろうと移動しながら、テーブルの上に目を向けた。


「これは、騎士団の、か?」


「はい。もう少しでできますよ」


 ソフィアははにかんで言う。完成したものを見られるのも恥ずかしいが、贈るものを途中で見られるのはより恥ずかしかった。

 ギルバートに椅子を勧めて、水差しを手に取る。カリーナが作っていってくれた果実水を注いだ。ソフィアが座るのを待って、ギルバートが口を開いた。その目は刺繍に向けられている。


「やはりソフィアは、刺繍が上手いな。以前は教会に寄付していたんだろう」


「はい。カリーナと刺繍をしているので、今年はまた寄付できるかと思って、準備をしているところです」


「そうだな。旧レーニシュ男爵領の教会には、直接渡しに行っても良いだろう」


 旧レーニシュ男爵領といえば、ソフィアがこの冬知り合った子供達がいるところも含まれる。孤児院を併設する教会は、収穫祭に大きなバザーを行う。まだ夏の始まりだから、きっと間に合うだろうと思っていた。しかし、直接会いに連れていってくれるつもりなのだろうか。


「よろしいのですか?」


 ソフィアは驚きを隠し切れずに言った。ギルバートが多忙なことは、ソフィアにも分かっている。相談もしていなかったし、送るつもりでいた。ギルバートはソフィアの表情に苦笑した。


「議会もないし、皆が領地に帰るころだ。あまり長期間は難しいだろうが、第二小隊も交代で休むくらいはできる。うちの領地にも、ソフィアがまだ行っていない場所はたくさんある。少しずつ回っていこう」


「嬉しいです。ありがとうございます……っ」


 ソフィアは両手を軽く合わせて笑った。ギルバートがソフィアを気遣ってくれていることが、そして共に過ごせる時間が増えたことが嬉しい。教会の皆は元気にしているだろうか。まだ遠いその日に、ソフィアは思いを馳せる。

 ギルバートは穏やかな表情でソフィアを見つめている。子供のようにはしゃいでしまったことを自覚し、ソフィアは頬を染めた。慌てて話を変える。


「あっ、あの……ギルバート様もお疲れですよね。私ったら、ごめんなさい。お休みになった方がよろしいかと」


「そうだな、ソフィアも日中休んだだけでは疲れは取れないだろう。共に休もう」


「はい……」


 刺繍を片付け、残った果実水をゆっくりと飲み干す。空のグラスをテーブルに置くと、コースターの上でかたんと小さく音が鳴った。





「奥様、おかえりなさいませ」


 翌朝ソフィアは花を選ぼうと庭に出て、花壇を見ながら歩いていた。どこからか庭師の声が聞こえて立ち止まると、声の主が立ち上がって、植木の向こうから頭がにょきっと飛び出てきた。ソフィアは目を丸くする。共に来ていたカリーナも驚いていた。


「わ、庭師さん……! はい、ご心配をおかけしてごめんなさい」


「いや、儂のことは良いのじゃ。帰ってきてくれてありがとう。奥様がいない間、この邸は火が消えてしまった燭台のようだったよ」


「庭師さん……」


 ソフィアはぎゅっと両手を握った。


「旦那様がいないのは慣れておったが、奥様までいないのは初めてじゃった。──もう、ここは奥様なしでは成り立たん」


 庭師がくしゃりと顔を歪めて笑った。すぐにきょろきょろと落ち着かない様子で周囲を見渡して、少し離れたところにある黄色い花が咲いている花壇を指差す。緑の細かいカットが入った葉の中で黄色いフクジュソウがふわりと柔らかく咲いている。可愛らしいその様子に、ソフィアは表情を緩めた。


「可愛い」


「もう夏じゃ。奥様がここで過ごす夏が、幸せなものになるよう儂も頑張るかのぅ」


「そ、そんなっ」


 ソフィアは慌てて手を振った。庭師がそう思ってくれているのは嬉しいが、本来は使用人が幸せであるよう努めるのがソフィアの仕事だ。


「旦那様と奥様が幸せだと、儂らも幸せじゃから」


「あ、ありがとうございます。あの……お部屋に飾る花を探しているのですが」


「それならこっちに来るといい。丁度良さそうな花がいくつかあるよ」


 カリーナがソフィアに足元に注意するよう声をかけてくる。ソフィアは頷いて庭の奥に進んだ。日中は日差しが強くなってきている夏の始めの庭には、色とりどりの花が咲いていた。


「わあ……!」


 ソフィアはしばらく侯爵邸を離れていた間にこんなにも季節が進んでいたことに驚いた。


「温室の中には薔薇も咲いているから。欲しいものがあったら言ってくださいな」


「はい」


 ソフィアは食卓を含めた邸内の数ヶ所に飾る花を選び、庭師に切ってもらった。花はカリーナが抱えて、屋内に戻る。

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[一言] 楽しみに見ています。まだまだ、続くと良いなーと思います。
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