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令嬢と黒騎士様は家に帰る1

 アイオリア王国に帰ってきて王城に挨拶を済ませたソフィアは、侯爵家の馬車に乗り換えギルバートと共にフォルスター侯爵邸へと向かった。馬車の窓から見える景色はよく見知ったものだ。以前はどこか余所余所しいと感じていた貴族街が、今はソフィアを受け入れてくれているかのように感じる。

 行きは移動装置を使用したギルバートも、魔力のないソフィアに合わせて馬車で帰ることにしていた。アイオリア王国の馬車で使者が街を移動した方が、エラトスの民達に戦争が終わったことをアピールできて好都合でもあるようだ。


「ソフィア、長旅で疲れただろう。邸に戻ったら、ゆっくりと休むといい」


 向かい側に座ったギルバートが、ソフィアの手を握って声をかけてくる。


「ありがとうございます。ギルバート様は──」


「私は慣れている。……無理をするな」


 ギルバートに言われた通り、確かにソフィアは疲れていた。身体のこともそうだが、何より心がいっぱいいっぱいだった。突然拐われ監禁され、コンラートを含めた三人で狭いアパートメントで数日暮らし、さらにエラトスの王城での交渉に同行したのだ。ようやく侯爵夫人として社交を始めるようになったばかりのソフィアには、荷が重かった。それでも今は、帰ってくることができて嬉しい気持ちの方が強い。カリーナや邸の皆も無事だという。早く会って確認したかった。


「はい。家に帰るのが、楽しみです」


 拾われてきただけだったはずの侯爵邸が、今のソフィアには帰るべき場所になっていた。ギルバートがソフィアの言葉を聞いて、優しく笑いかけてくる。最近は以前より多く見せてくれるようになったその笑顔に、ソフィアの心もふわりと緩んだ。





「ソフィア! 良かった……本当に良かったわ……」


 馬車から降りてすぐ、駆け寄ってきたカリーナにソフィアは力一杯抱き締められた。突然の抱擁に、ソフィアは驚いて小さく悲鳴を上げた。エスコートのためにソフィアの手を取っていたギルバートが、思わずといったように苦笑し手を離す。ハンスが呆れた表情でこちらを見ながら、馬車に積んである荷物を下ろしていった。


「……心配かけて、ごめんなさい」


 ソフィアも戸惑ったものの、すぐに腕を回して抱き締め返した。カリーナの身体は小さく震えていて、涙で呼吸が乱れてしまっているようだ。心配させてしまったのだろうと思えば、心苦しい。


「そんなことない。ごめんなさい、私がもっと警戒していれば」


「ううん。ありがとう、カリーナ」


 カリーナの力が強まり、ぎゅうぎゅうと抱き締められる。涙は止まらないようで、ソフィアは控え目な笑い声を上げた。細めた目尻から、涙が一雫だけ溢れる。


「そんなに泣かないで。私は大丈夫だったんだから、ね?」


「だけど……っ!」


「いいの。だって、ちゃんと帰ってこれたんだもの」


 ソフィアはカリーナの背を軽く叩いた。顔を上げると、今日ギルバートとソフィアが帰って来ると聞いていたのだろう使用人達が、玄関の扉を開けて様子を窺っている。賑やかで幸福な光景に、皆どこか安心したような表情だ。ソフィアの視線を追って、カリーナが身体を離して周囲を見た。


「やだ、恥ずかしい」


「ふふ。皆が待っていてくれて、嬉しいわ」


 ハンスが扉の方とカリーナの様子を見て嘆息した。荷物は全て邸内に運び終えたようだ。


「──カリーナさん、そろそろ奥様をお部屋にご案内して差し上げてください。お疲れなのですから、まずは休んで頂かなければ」


 ハンスの指示にカリーナはソフィアから手を離し、顔を赤くして頷いた。代わりにとばかりに、今度はギルバートが軽くソフィアを抱き締める。


「私は一度騎士団に戻らねばならない。遅くなるから、先に休んでいてくれ」


 報告もあるのだろう。本当は安心できる場所で少しでも長く側にいたかったが、素直に頷く。


「一度休ませて頂きます。でも……夜は、お帰りをお待ちしておりますね」


 ギルバートがソフィアの肩を掴み、はっとした表情で正面からソフィアを見る。


「……分かった。ハンス、ティモをここへ」


「はい、すぐに」


 ギルバートが使い慣れた黒毛の馬を連れてくるようハンスに指示を出す。馬車よりも移動が速いから、馬にしてくれようとしているのだろう。ハンスはすぐに馬を連れて戻ってきた。


「ソフィア、行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


 ギルバートは馬に跨がり、腹を軽く蹴った。少し傾いてきた太陽に向かって小さくなっていく背中を見送って、ソフィアはカリーナに向き直った。


「奥様、お部屋にご案内しますね」


 仕切り直しとばかりにはきはきと言うカリーナに、思わずソフィアは笑ってしまう。カリーナは少しばつが悪そうな顔で、ソフィアの手を引いた。


 久しぶりの何も変わっていない自室に、ソフィアは安心した。以前ギルバートに貰った青い花をモチーフにしたアンティーク調度、刺し途中の刺繍、天蓋付きの一人には大き過ぎるベッド、落ち着いた色味で揃えられた家具。代々の当主の妻が使ってきたという部屋は、今はソフィアの部屋として、ソフィアの好みに設えられている。部屋は丁度良い温度に暖められていて、帰宅を待っていてくれたことが分かる。

 重い瞼と戦いながら入浴をし、着慣れた部屋着に着替えた。柔らかな寝具はソフィアをすぐに夢の中へと誘っていく。カリーナが近くにいてくれることも、気が緩む原因の一つだろう。深呼吸をしてどこか懐かしい香りを吸い込むと、ソフィアはすぐに眠りに落ちてしまった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ…やっと帰って来た…やっぱり我が家が一番ホッとしますよね。お帰りなさいソフィア╰(*´︶`*)╯♡
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