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令嬢は黒騎士様と立ち向かう3

 駆け出したギルバートは、周囲の騎士達と剣を重ね始めた。ソフィアとコンラートの周囲には魔法防壁を維持している。そこにいれば心配もない。横目で確認すると、ソフィアは見慣れない真剣での斬り合いから目を離せないようだった。ギルバートは、あまり見せたいものではないと思う。ソフィアを怯えさせる前に、さっさと終わらせてしまいたかった。

 ケヴィンがその身軽さで軽々と身を翻しながら攻撃を避けては攻めを繰り返している。トビアスはこちらを殺すつもりで正面から斬りかかってくる騎士達を順にいなしていた。


「何をしている。これっぽっちの人数、さっさと片付けろ!」


 ヘルムートがまだ玉座の側で声を荒げている。ギルバートはそれを見て目を細めた。どうにも気分が悪い。その傍若無人な態度と、仕える者達の扱いに腹が立った。上に立つということは、何でも思い通りにできるということではない。


「ケヴィン、トビアス。──任せた」


「了解っ!」


「分かりました」


 ケヴィンとトビアスの返事を背中で受け止めて、ギルバートはヘルムートを見据えた。こんな男に国が治められるはずがない。万一ヘルムートが王になっても、すぐに破綻するのは明らかだ。エラトスが自滅したとしても、アイオリア王国は痛くも痒くもない。それでもギルバートは許せなかった。それは側に仕えてきた自国の王太子であるマティアスの努力と苦労を見ているからであり、同時に侯爵でありアイオリア王国近衛騎士団第二小隊副隊長である自身の使用人や部下達が信頼を返してくれることへの戒めでもある。何でも従うからといって、何をさせても良いという訳ではないのだ。


「下の者の気持ちを無視して……犯罪紛いなことをさせ、なにが王だ」


 ヘルムートがソフィアを誘拐する指示をしたことを、ギルバートは許していない。邪魔する騎士達を剣で退けながら、ギルバートはただヘルムートだけを見ていた。あっという間にギルバートとヘルムートの間には誰もいなくなり、正面にその姿を捉える。ヘルムートはここにきて危機を察したのか、慌てて数歩後ろに下がった。

 ギルバートが玉座の前の階段を駆け上がって詰め寄ると、ヘルムートは足を滑らせて尻餅をついた。腰の剣はどうやら飾りだったようだ。身に付けていた装飾品が床にぶつかり、がしゃんと派手な音がした。それでも必死の形相で後退るヘルムートを壁際まで追い詰め、ギルバートはその首筋に剣を当てた。


「──ひいっ」


 喉の奥から情けない声が漏れる。怯えさせているのがギルバート自身だと分かっていて、その姿を愚かだと思った。


「何をした」


 ギルバートは右手に持った剣を動かさないまま上体を屈め、左手でヘルムートの頭を鷲掴みにして壁に縫い止めた。より行動が制限され、ヘルムートが悔しそうに歯を食いしばる。触れている頭から、その記憶がギルバートの脳内に映し出された。





 コンラートへの歪んだ感情、エラトスの現国王への不満、過剰な自信と自己顕示欲。それらはあまり見ていて気持ちの良いものではない。断片的なそれらの記憶と感情は、深いところで繋がっている。


「何故、兄上は遊んでくださらないのですか」


「コンラート殿下はお忙しいのです。我儘を仰らないでください」


「僕は?」


「ヘルムート殿下は、これから私と文字のお勉強ですよ」


 子供時代のヘルムートは、四歳年上でなんでもできるコンラートをヒーローのように思っていた。憧れていた、と言って良い。偶に遊んでくれるときはいつも優しく、ヘルムートを満足させてくれた。コンラートは幼い頃から賢く、次期王にと多くの者から望まれていた。それを弟であるヘルムートも誇らしく思っていたのだ。

 いつからだろう、いつかくる賢王の治世を恐れた者達が、ヘルムートを次期王にしようと画策するようになった。周囲から煽てられ、持ち上げられたヘルムートは、少しずつ会える時間が減っていた実の兄を疎むようになっていく。そうして刷り込まれた思想が、アイオリアに対する立場の差で表面化した。


「兄上、何故兄上はアイオリア王国と友好関係を築こうとするのです」


「この国に足りないものが、アイオリアにはある。それを学ぶ機会となるならば、国同士の協力関係を結ぶことには意義があるだろう」


「ですが、父上もそのようなことは言っておりません!」


「──父上は、ただ隣国に勝りたいだけだ。ヘルムート、お前はしっかり考えると良いよ」


 考えろと言われても、ヘルムートの周囲の者達は戦争で得るものがあると言う。コンラートは日和見主義なのだと言う。考えることを否定するような彼らの言葉に、ヘルムートはどうして良いか分からず困惑していた。

 はっきりとした意思を持ったのは、五年前にエラトスから仕掛けた戦争のときだった。国民と国費の多くを投入し、国策として打ち出した戦争は、アイオリア王国の圧勝で幕を閉じた。

 ヘルムートは第二王子として戦場に行き、前線にいたギルバートの姿を見た。ギルバートは全く表情を変えないまま、他の魔法騎士達と共に膨大な魔力を惜し気もなく使って戦場を歩いていた。魔法防壁を張り、エラトス側の兵士や徴兵された民衆達の武器を破壊し、水を呼び沼地を作り出した。そうして地の利があったはずのエラトス軍は戦意を喪失させられて簡単に押し負け、残ったのは多くの負債と、敗戦国という烙印だけだった。

 アイオリアに勝てば、認められる。そうして王になれば、皆が喜んでくれるだろう。ヘルムートの中で歪んだ現実は、弱い国王への恨みとコンラートへの嫉妬という形で表出した。国王に毒を盛り、コンラートにその罪を擦りつける。そうして手に入れた擬似王位を利用し、アイオリア王国に戦争を仕掛けたのだ。

 勝ってしまえば誰も文句は言えないだろうと、黒騎士と呼ばれたギルバート・フォルスター侯爵の妻を人質として狙った。予定通り拉致に成功し、一時的にアイオリア軍の猛攻を止めることはできたが、取り返されてしまったのは想定外だった。そして、幽閉していたはずのコンラートまでもが、今ヘルムートの前に立っている。





「ソフィアに……何をした」


 ギルバートは、ヘルムートの記憶を通してソフィアがされたことを知った。本人からは聞くことができなかったその粗雑な扱いを知り、抑えていた感情が昂る。右手首の腕輪が熱くなった。

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