令嬢は黒騎士様の宝物5
アイオリアからの使者は、それから二日後、朝早くにギルバート達が滞在しているアパートメントにやってきた。
「ソフィア嬢、久しぶりー!」
「……ケ、ケヴィンさん!?」
ソフィアは部屋に入るなり満面の笑顔で手を振る男に驚いた。ギルバートとコンラートは、ソフィアより少し後ろ、話し合いをしていたところで、顔だけ扉の方に向けて固まっている。
「俺もいますよ。ケヴィン、そんなに先を急ぐな」
「ごめんごめん。無事だって聞いてたけど、心配だったからつい」
ケヴィンが眉を下げた。遅れて入ってきた男が扉の鍵を閉めて嘆息する。ソフィアは久しぶりに会うその男に、ぱっと表情を明るくした。ギルバートとソフィアの結婚パーティ以来だ。
「トビアスさん! お久しぶりです。あの……お疲れ様です」
「ああ、ソフィア嬢。お久しぶりです。今回は巻き込んでしまった形になって、申し訳ありません」
「あ、いえ。私が迂闊だったので……ご迷惑をお掛けしました」
トビアスの丁寧な挨拶と礼に、ソフィアも同じように返す。話している間に、ギルバートが防音魔法を室内に張った。これで騒いでも外には聞こえない。
「ケヴィンとトビアスか……お前達、講和文書はどうした」
「勿論持ってきてますよー。はい、こちらです」
ケヴィンが上等な金属製の筒を取り出した。王家の紋が入った銀色のそれは、窓から差し込む光で艶やかに輝いている。
「ギルバートを代表として、俺達三人で使者として行動するように、と。先に送っている予定の通りで構わないそうですよ」
「……分かった。陛下はこの機に殿下と私の適性も見るつもりか」
使者と聞いて、もっと年配の貴族がやって来るのだと思っていたソフィアは驚いた。しかし思い返してみれば、ギルバートは侯爵で、かつ王太子であるマティアスの側近の一人でもある。ケヴィンとトビアスも第二小隊の優秀な騎士である。ソフィアは言葉を飲み込み、話の続きに耳を傾けた。
「我が国の問題に巻き込んで申し訳なかった。二人にもお詫び申し上げる」
コンラートがケヴィンとトビアスに向かって言う。ケヴィンがその立場に気付いたのか、慌てて数歩後退った。
「第一王子殿下でいらっしゃいますか」
「ああ、そうだ。此度は迷惑を掛けるが、よろしく頼む」
「勿論です!」
「こちらこそよろしくお願いします、殿下」
ケヴィンとトビアスが頷く。ギルバートも安心したように表情を少し和らげた。
ソフィアはトビアスに髪を結ってもらった。話を聞くと、妹がいて実家では世話をしていたらしい。ヘアセットを終え、ケヴィンがカリーナから預かってきたという化粧品で化粧を済ませる。ソフィアもいざというときの為に、簡単な化粧はカリーナから教わって知っていた。最後に二人が持ってきたドレスに着替え、揃いの靴を履いた。
用意されたドレスは銀のような輝きのある白藍色だ。一人でも着られるように、前をパールのボタンで留め、腰をシフォンの大きなリボンで引き締める作りになっている。シフォンは深い青で、トビアスが綺麗にふわりと結んでくれた。シンプルな作りなのに、上品で大人らしい。
「──うん。そうか、これがフォルスター侯爵夫人、か」
コンラートが、ソフィアの姿に一瞬見惚れて笑った。ソフィアもその姿に目を見張る。ここではコンラートも簡素な服ばかり着ていたが、王族然とした衣装に身を包むと、やはりその生まれ持ったオーラに圧倒された。ソフィアは僅かに引き攣った頬を隠すように微笑む。
「殿下もお似合いです」
「ソフィア、支度はできたか?」
「はい。お待たせ致しました、ギルバート様」
部屋に入ってきたギルバートはソフィアと揃いの白藍色の正装に身を包んでいた。小物は深い青で、飾りの刺繍糸は銀色だ。腰に挿した剣は丁寧に磨き抜かれており、鞘に彫られた装飾が輝いている。国の使者として王城に向かうことを意識してか、さっぱりとした装いは上品で美しい。ソフィアがその姿から目を離せずにいると、ギルバートは満足げに笑ってソフィアの髪を崩さないように緩く撫でた。
「やはりソフィアは綺麗だ」
ギルバートが、着飾ったソフィアを愛でるように撫で続ける。揃いの制服に身を包んだケヴィンとトビアスが苦笑して顔を見合わせた。
「あ……ありがとうございます」
「今日は私から離れるな。ヘルムート殿下とは、本当は会わせたくないが──」
「大丈夫です、ギルバート様。お側にいてくだされば、私は誰より強くいられますから」
強がりではなく本心だった。ソフィアとて、ギルバートを待つ日々を無意味に過ごしていた訳ではない。支えになるよう、知識も礼儀も鍛えることを怠っていなかった。それはギルバートと共にこの先も歩んでいく為の、ソフィアの覚悟の証でもある。努力は自信に繋がり、そして度胸になる。
「ありがとう、ソフィア。──私もお前を信じている」
ギルバートはソフィアの髪から手を離し、姿勢を正した。アパートメントの中は、その場に似つかわしくない華やかな服で溢れ、なかなかに狭く見える。
「行くぞ。こんな茶番、さっさと終わらせてしまおう」
ギルバートが声を固くしてケヴィンとトビアスに言うと、二人も表情を引き締めた。
アパートメントの裏に馬車は停めてあった。アイオリア王国の王城所有の公式馬車は六人乗りで、速さよりも頑丈さと安全を重視したものだ。護衛にあたる兵士達も待機しており、ギルバートの姿を認めると敬礼をした。
五人は馬車に乗り込み、早速エラトスの王城へと向かった。