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令嬢は黒騎士様の宝物2

 ソフィアは自由になった身体で入浴を済ませ、ギルバートが揃えてきた服に着替えた。エラトスの一般的な町民の服らしく、アイオリアよりも温暖な気候の為か、スカートの丈が短く生地も薄い。ソフィアが居室に戻ると、ギルバートとコンラートは立ったまま話をしていた。

 足を膝まで晒している不安は拭えない。しかし元々エラトスの者であるコンラートは全く気にしていないようだ。ギルバートは買ってきただけあって少し気まずそうだが、それがこの土地の常識だと割り切っているのだろう。


「コンラート殿下、先程は失礼致しました。ギルバート・フォルスターの妻、ソフィアでございます。魔道具を外すのにご協力頂いたとのことで……ありがとうございました」


 ソフィアが礼をすると、コンラートはそれより深く頭を下げた。


「いや。この度は我が国の揉め事で、貴女にも、貴女の国にも大変迷惑をかけた。心からお詫びするよ」


「あ……頭を上げてくださいっ!」


「だが、事実貴女は愚弟のせいで辛い思いを強いられただろう。もっと怒って良いと思うが」


「殿下に怒っても……仕方のないことですから」


 被害者の一人であるコンラートを責める気にはなれなかった。ましてコンラートは、ソフィアの首輪を外すのにも協力してくれているらしい。曖昧な笑みを浮かべると、ギルバートがソフィアの右手に触れた。


「──ソフィア、こっちに座れ。まだ身体が本調子でないだろう」


「ありがとうございます、ギルバート様」


 ソフィアは差し伸べられた手を取って、一人掛けのソファに座った。元々ギルバートが一人で生活する為に借りた部屋は狭い。ギルバートが先に寝台に腰掛け、コンラートに机の前の椅子を勧めた。それぞれが少しずつ離れた場所に座っているが、部屋が広くないせいか不思議と落ち着いた一体感がある。


「それで、これからのことだが。そちらは人質を奪還したのだから、もうエラトスに対して攻撃の手を緩める理由はないだろう。好きに攻めてくれて構わないと、マティアス殿にも言ってある」


 コンラートが深い溜息を吐いた。そこに含まれる感情は、ただ強い諦めと失望のようだ。


「私の父も弟も、何度も貴国が友好の手を差し伸べてくれているにも関わらず、その厚意を突っぱねている。今回は特に迷惑を掛けた。まさか黒騎士と呼ばれるフォルスター侯爵の奥方を拐うとは……報復されるとは考えなかったのか、愚かな者達だ。──交易の産む利益と戦争の損失すら計算できないとは、情けない」


 その諦めは言葉を重ねるにつれて恨み言のようになっていく。コンラートにとって、ヘルムートは実弟だ。その性格は正反対のようだったが、確かに容姿は似ていたとソフィアは思う。黙っていたギルバートが口を開いた。


「マティアス殿下は──」


「マティアス殿は、攻めの手は緩めるつもりはないが、私と講和の機会を持ちたいと言ってくれているよ。そのようにアイオリア国王を説得すると。本当に……何と言ったら良いか」


「ならばその通りになさっては如何です?」


「今回の件は国民にも多くの負担を強いてしまった。私も彼らの計略に嵌り、幽閉され──今更私を王に認めてくれる者が、どれだけいるだろうか」


 コンラートの顔に浮かぶのは、自嘲の笑みだ。ギルバートが何も言えずに息を飲んだ。コンラートは諦めているのではない。ただ国民の気持ちに誰より寄り添って、今の王家への不信感に共感しているのだ。ソフィアもそれに気付いて俯いた。戦争の相手国の第一王子を相手に、どう言葉をかけていいか分からない。


「だから私にできるのは、国民達を少しでも安心させることくらいなんだよ」


 その言葉を最後に、室内は静寂に包まれた。コンラートはこの戦争を最後に王家を絶やしてしまうつもりなのだろうか。確かに、国民に政治を委ねている共和制の国はいくつもある。だがこれまで王家が担ってきた政治を突然民衆に明け渡して、果たして上手くできるものだろうか。ソフィアには分からなかった。それでも。


「──それで、よろしいのですか?」


 コンラートが、言い返したソフィアに驚いて目を見開いた。ソフィア自身も驚く。しかしどうしても納得ができなかった。


「だって、コンラート殿下は何も悪いことをしていなくて、国民のことを一番に考えていて……今までの国王様とヘルムート殿下のしてきたことも分かって、反省していらっしゃる。──国民のことを本当に思うのなら、諦めずに責任を取るべきですっ。それは、投げ出すこととは違うはずです……!」


 ソフィアの精一杯の言葉だった。ギルバートがソフィアを無言のまま見ている。コンラートが唇を噛み締めた。


「しかし……」


「コンラート殿下。ソフィアの言う通りかもしれません。なにせアイオリアは、貴方と講和をしたいと言っているのですから」


 言い淀むコンラートにギルバートが言葉を重ねた。それは戦争を終わらせる為であり、同時に国民の生活を守る為でもある。ギルバートとて、エラトスを潰したい訳ではない。無駄な戦争を引き起こした者達が、そしてソフィアを巻き込んだ者達が、許せないだけだ。


「──少し、考えさせてくれ」


 コンラートはそう言って溜息を吐いた。

 ギルバートは、午後になると変装をして街へと出ていった。ソフィアはコンラートと共に部屋でギルバートを待つことになる。コンラートはずっと無言のままだったので、ソフィアは室内に備え付けられていたちいさな本棚から適当な本を取り出して読むことにした。本の内容に集中すると、室内の沈黙もあまり気にならなくなる。

 そしてその日の夜、ギルバートが帰ってくる頃には、コンラートはエラトスの国王になる決意を固めていた。

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