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令嬢は黒騎士様に拾われる12

 ソフィアはぬくぬくとした温かさに、ゆっくりと目を開けた。柔らかな雲に包まれているようだ。優しい明かりに、今が夜だと分かる。ギルバートの寝室に案内され、寝台で寝るのを躊躇ったことを思い出した。しかし見える景色は、たった今までソフィアが寝ていたのが寝台の上だったと示している。状況を理解してすぐに身体を起こすと、スリーピングポーチの丸テーブルで、小さなランプの炎が揺らいでいた。スプリングが僅かに軋んだ音に、本を読んでいたらしいギルバートがソフィアに目を向ける。


「わ──も、申し訳ございません。私ったら……騎士様の寝台を勝手に……!」


 ソフィアは部屋着姿のギルバートを見て、寝台から降りようと慌てて布団を捲り手をついた。


「いや、私が寝かせたのだから構わない。──お前は床が好きなのか?」


 そういえば森でも地面に寝ていたな、と小さく続けたギルバートに、ソフィアは驚き動きを止めた。絨毯で寝ていたソフィアを寝台に運んだのはギルバートだったのか。その優しさに喜ぶべきか、寝顔を見られたことを恥じるべきか判断できず、少し視線を下げる。


「いいえ、そういう訳では……」


「そうか」


 ぽつりと言うと、ギルバートはソファーから立ち上がり、寝台の方へと歩いてきた。ソフィアは場所を譲ろうと気まずい思いで身体を動かす。しかし足を絨毯に降ろす前に、距離を詰めたギルバートにシーツの上の右手を掴まれた。


「あの──」


 寝台の上に座った状態のソフィアは、私室でギルバートと二人きりという状況に怯え、小さく肩を揺らした。ギルバートは勘違いしたのか、一度手を離し、自身の着ていた羽織りを脱ぐと、身を乗り出してソフィアの肩に掛ける。


「寒いだろう、着ていろ」


「……ありがとう、ございます……?」


 ギルバートは改めて寝台に腰掛け、ソフィアの右手に今度は優しく手を重ねた。包み込まれるような感覚に、ソフィアは頬を染める。自由な左手で縋るようにシーツを握り締めた。


「何があってあの森にいた?」


 ギルバートは探るように口を開いた。あまりに率直な、しかしソフィアにとっては答え辛い質問に、思わず目を逸らす。聞かれるだろうと思っていた。答えなければならないことも分かっている。それでも口は重かった。


「──言いたくないなら言わなくていい」


 溜息と共に吐き出された言葉に、失望させてしまったかと慌てて顔を上げる。正面から視線がぶつかり、ソフィアは息を呑んだ。ギルバートの藍色の瞳は、夜の仄かな明かりの中では底が見えない海のようだ。吸い込まれてしまいそうなのに、瞳を逸らせない。


「違……うんです。あまりに情けない理由なので、人には……言い辛くて──」


「そうか。ならばやはり、今は言わなくて良い」


 予想よりも優しい言葉に、ソフィアはほっと息を吐いた。


「──よろしいのですか?」


「ああ。……ただ、言わねば分からない」


 まっすぐにソフィアを見つめていたギルバートの瞳が揺れたような気がした。当然のことを言われ、いつかは話して欲しいという意味だと思ったソフィアはおずおずと頷く。重ねられた手はまだそのままで、寝台から降りることも躊躇われた。どうして良いか分からず、ソフィアは視線を彷徨わせる。ギルバートはしばらく無言のままソフィアを見ていたが、一度ぎゅっと手を握ると、表情を変え、覚悟を決めたように口を開いた。


「──お前は私の側で暮らせば良い」


 ソフィアははっとギルバートの瞳を見る。そこに浮かんでいる色は、ギルバートの本気をソフィアに伝えていた。ソフィアはその熱から逃げるように俯く。二人の手が視界に入り、ぐっと目を閉じた。


「ですが私……お荷物にしかなりません」


 思ったより頼りなげな声が出て、ソフィアは唇を噛んだ。何度も向けられた嘲りの声が今も聞こえるようだ。男爵家で、ソフィアはお荷物で邪魔者だった。もう言われることに慣れた言葉も、自分で口にすると心が軋む。ギルバートはソフィアから視線を逸らすように、窓の外に目を向けた。


「そんなことを言うのは、魔力が無いからか?」


「どうして、それを……」


 ソフィアははっと顔を上げた。初対面で言い当てることなど、できるはずがない。まして魔力のない者がいるとは思いもしないのが当然だ。何故ギルバートは知っているのかと、内心で警戒を強める。しかしギルバートが続けた言葉は、ソフィアの予想を裏切った。


「私の部屋には、魔道具はない。ここでならお前も安心して生活できるだろう」


 ソフィアはギルバートに言われ、部屋を見渡した。ギルバートが使っていたランプの炎は、オイルを燃やしているものだ。ベッドサイドにはマッチが置いてある。日中診察を受けた部屋も、使われてはいなかったが暖炉があった。思い出せば、浴室のレバーはソフィアでも扱えるものだったのだ。何故か分からないが、この部屋の物は全て、ソフィアにとっては親しみのあるアンティークの調度で揃えられている。ソフィアは困惑し、ギルバートに目を戻した。優しく細められている藍色の瞳に怯んで、咄嗟に口を開く。


「ですが、騎士様──」


「ギルバートだ」


 すぐに修正されたのは呼び方だった。名を呼ぶことは縁を結ぶことだと、幼い頃母に教わった。母は、だから名前を呼びなさい、と言っていたが──


「ギルバートだ、ソフィア」


 念を押すギルバートに、ソフィアは目を見張った。それは突きつけられたナイフのように、ソフィアの胸を凶暴に揺さぶる。知らず潤んでいく瞳を、制御することもできなかった。


「ギルバート様、私は……」


「──行く当てはないのだろう?殿下の命令など関係ない。私がソフィアにいてほしいと言っている」


 強い意思を含んだ言葉は、ソフィアを囲い込んでいく。逃げ場が無くなっていくようだ。


「私はお前を害することはしない。ただ、ソフィアのことを知りたいと思う」


 重なっている手を強く優しく握られれば、ソフィアにはそれ以上抵抗することはできなかった。まっすぐに向けられる言葉がこれほどの強制力を持つのだと、初めて知る。ずっと逸らせずにいた視線を下に向け、ソフィアは頭を下げた。


「……分かり、ました。お世話になります」


「そうか、ありがとう。しばらくこの部屋で過ごすと良い。私は隣の部屋で寝る」


 平坦だがどこか喜色を含んだ声が聞こえ、ソフィアは顔を上げた。ギルバートはソフィアに向かって目を細め、口角を上げ──微笑んでいた。ソフィアは熱が顔に集まっていくのを感じる。反則だ、と内心で呟いた時には、繋がれていたはずのギルバートの手が、ソフィアの頭をあやすようにぽんぽんと撫でていた。口を開こうとしたがその優しい表情に躊躇われる。

 ギルバートは自然な仕草で立ち上がると、スリーピングポーチのランプを消し、カーテンを閉めた。


「おやすみ、ソフィア」


「──おやすみなさいませ……」


 ぱたんと音を立てて寝室の扉が閉まった途端、ソフィアは頭まで布団を被り、熱くなった顔を両手で覆った。高鳴る鼓動が煩いが、聞こえない振りで目を閉じる。すぐにでも眠ってしまいたかったが、ギルバートの微笑みがちらついて、ソフィアはなかなか眠ることができなかった。

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