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黒騎士様は令嬢と再会する2

 扉が開いたのはその時である。突然の音にソフィアは肩を震わせて振り返った。


「おや、随分とお転婆なご令嬢だ」


「侯爵様、彼女はご結婚されております」


「そうか。人妻とは、あのお方も物好きなことだな」


 入ってきたのは、二人の男だった。お転婆だと言われ、ソフィアは今の自分の状況を確認する。重い身体で窓までやってきた為、服が乱れて足が膝近くまで覗いていた。


「──……っ」


 ソフィアはそろそろと足を引き寄せ、スカートの中に隠した。こんな時でも、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。

 そして改めて、男達を観察した。侯爵と呼ばれた男は、部屋同様にソフィアには無駄と思える程の装飾品を身に付けている。これから夜会にでも参加するかのような装いだ。それでも派手すぎる程だろう。一方もう一人の男は従者らしく黒を基調としたシンプルな服を着ており、服の上からでも分かる程引き締まった体躯だ。

 無遠慮な視線が向けられ、ソフィアは背筋がぞわりとする。男達がソフィアを拐わせた主犯なのかもしれない。


「──何を、企んでいるのですか」


 ソフィアは声を震わせないよう、ゆっくりと言葉を選んだ。


「企んでなんていない。私はただ、依頼を遂行しているだけだよ」


 どうやら男は主犯ではなく、依頼者は別にいるらしい。それは侯爵よりも上の立場の人間ということだろうか。ソフィアは自身の現状が想像以上に大きな権力によってもたらされたことに気付いた。やはり戦争が絡んでいるのだろうか。何か無茶な要求がされていなければ良いと、祈ることしかできない。思考に沈んだソフィアを、音の声が現実に引き戻す。


「しかし、長く眠っていたな。腹は空かないのか?」


「あの首輪は空腹も軽減しますので」


「そうか、便利なものだ。……とはいえ舞踏会の間に倒れられても面倒だ。しっかり食事は摂らせておけ」


「畏まりました」


 侯爵が踵を返して部屋を出て行った。扉は閉められ、室内には従者らしき男とソフィアだけが残された。


「あの、私……どれくらい眠っていたのですか」


 ソフィアは恐る恐る男に尋ねた。その質問に、男は彷徨わせていた視線を足元に固定し、俯いたまま答える。


「三日です。眠っている間に睡眠薬を使わせて頂きました」


「三日……っ!?」


 ソフィアは驚きに目を見開いた。あれから三日が経ったということは、先に魔道具を使った塔は、ここからどれだけ離れているのだろう。もしあれに気付いてくれていたとしても、ここまでどれだけ離れているのかソフィアには分からない。


「三日……」


 もう一度繰り返し言葉にすると、ようやっと現実を正面から受け止められた。拐われてから何日が経ったのかと、ソフィアは顔を青くした。後悔したが、とにかく、少しでも早く居場所を伝えるべきだと思い直す。


「──後ほど食事をお持ちします。また、今夜は仮面舞踏会がありますので、ご出席を。衣装はメイドが用意します」


 男も部屋を出て行き、今度こそ一人きりになった。


「仮面舞踏会?」


 男の言葉が耳に残る。妙に華やかだと思った侯爵と呼ばれていた男の衣装にも、それならば確かに納得だ。しかし先程の言い方では、ソフィアも参加させられるような口ぶりだった。今の自分が参加して、どうしろというのだろうか。

 まずは何かの魔道具を起動させて居場所を知らせようと、ソフィアは端にある机に近付いた。そこにあった硝子製のランプに触れる。温かみのあるオレンジ色の明かりがぽわりと光った。魔道具の明かりは、こんな時でも柔らかい。ソフィアはそのまま、数度それをつけたり消したりを繰り返す。ギルバートに気付いてほしい。せめて無事だと伝えたかった。ソフィアの細やかで必死な願いを、小指の藍晶石の指輪に賭けた。


「大丈夫。これは、ギルバート様の魔力だから……」


 呟くように自身に言い聞かせるのは、一人ではないことの証明だった。指輪がある。だからソフィアは、今もギルバートと共にある。

 力の入らない拳をゆるりと握って、ソフィアは目を閉じた。仮面舞踏会に参加させられるのならば、多くの人が出入りするだろう。ソフィアが逃げたり、助けを求める機会もあるかも知れない。ここが何処だか分からなくても、ここに監禁され続けているよりはましではないか。ソフィアはそう決めて、また所在無く指輪に触れた。





 窓の外が赤く染まる頃、部屋に複数のメイドがやってきた。先に持ち込まれていた軽食の入っていた皿を下げた者を除いて、ソフィアを取り囲む。突然のことに困惑するソフィアの手首が持ち上げられ、金色の細い腕輪を付けられた。


「お立ちください」


 立てと言われても思うようにはできないだろう──そう思ったが、メイド達の感情のない冷めた目が怖くて、ソフィアは足に力を入れる。


「あら?」


 いつもより身体は重いが、それでも立ち上がることができた。ソフィアは首を傾げる。この程度ならば、ここなら抜け出す程度の力は出るかも知れないと、内心で期待した。


「首輪の威力をコントロールする魔道具です。出力はこちらで調整しておりますので、ご無理をなさらないよう」


 言った年嵩のメイドは自身の手首にソフィアの付けられたものとよく似た腕輪を持っていた。ソフィアは小さな希望を砕かれ、失望の表情を隠すように俯く。それを反抗の意思なしととったか、メイド達は次々とソフィアの服を脱がせ、代わりにおそらく今夜の仮面舞踏会用であろう無駄に豪華なドレスを着付けていった。

 それは細身のドレスだった。膝上までのタイトなシルエットに、裾は長めに広がっている。動き辛そうな形だ。漆黒の生地には金糸で刺繍がされている。これまで着たことがない程深く開いた胸元は金の紐で留めるように結ばれており、肌色が無骨な首輪の存在を強調していた。

 メイドが持っている腕輪を操作したのか、今度はソフィアの身体が急に重くなった。姿勢を支えきれずにぺたりと床に座ると、すぐにメイドが化粧と髪型を変えていく。されるがままのソフィアは、改めて首輪と腕輪を恐ろしいと思った。

 それから少ししてようやく支度を終えたのか、ソフィアはメイド達から解放された。部屋から次々と出て行く女達を見ながら、ソフィアは溜息を吐いた。このままではどうなってしまうか分からない。どうにかしなければと焦る気持ちが空回りして、心が締め付けられるようだった。

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