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令嬢は異国に囚われる7

 エラトスの王都にあるとある塔の上──男の情報が本当かどうかは分からなかったが、ソフィアは少なくとも今殺されることはないということだけは分かった。窓一つない部屋なのに寝具も室内も清潔に保たれており、食事もおそらく最適な時間に届けられている。もっとも、今のソフィアには時間を把握する手段はなかった。

 食事を終えると数人の使用人らしき女がやってきて、力の入らないソフィアの身体を拭き、着替えをさせて出て行った。夜着に着替えさせられたということは、おそらく今は夜なのだろう。

 何もできないまま、されるままでいる自身が悔しかった。一人きりで閉じ込められていると、様々な不安がひっきりなしに押し寄せてくる。カリーナは無事だろうか。料理長も帰りが遅かったが、何かに巻き込まれていないだろうか。侯爵邸の皆はソフィア達の不在に気付いてくれているだろうか。ギルバートには伝わっているのだろうか。マティアス達に、アイオリア王国に迷惑を掛けてしまったことも申し訳ない。そう考えて、ソフィアはこのまま消えてしまいたいような気持ちになった。しかし部屋に刃物はなく、今のままでは自害できる程の力も出せない。人質として死なれては困るのだろうと、そのくらいのことはソフィアにも分かった。

 ついに溢れた涙が、ソフィアの頬から膝に落ち、夜着の裾を濡らした。帰りたい。帰りたかった。強がることのできなくなった心から零れた願いはあまりに単純で、涙は止まらず視界を曇らせる。フォルスター侯爵邸に、暖かい人達の中に、ギルバートの優しい腕の中に、帰りたい。誰かの迷惑になっても、その願いは捨てたくなかった。

 しばらく泣いて、泣き疲れたソフィアは目蓋を閉じて最後の涙を落とした。いくらかはっきりと視界で室内を見回す。泣いていても仕方がないと言い聞かせた。何もできないままでは、本当にただの役立たずだ。せめて居場所を誰かに伝える手段はないだろうか。

 部屋には最低限の調度しか置かれておらず、あるのは寝台とテーブルくらいだった。照明は高い位置に付けられていて、薄暗い程度に照らしている。起きているにも眠っているにも気にならない程度の明るさに、今までそれを意識していなかった。あれはきっと魔道具だろう。


「明かりがあって良かった。真っ暗だったら、きっと怖くていられないもの」


 今の心理状態で暗闇の中に長くいられる自信はない。ソフィアは心細さから、右手を持ち上げて左手の上に重ねた。


「あ……」


 左手に、手ではない固い感触があった。見下ろした先にあるのは、いつも身に付けている薬指の結婚指輪と、小指の藍晶石の指輪。ソフィアを拐った犯人達は、宝飾品や服は奪わなかったようだ。ソフィアは左手と照明を何度も見比べた。


「──この指輪なら、ギルバート様に」


 見た目では分からないが、藍晶石の指輪は魔道具だ。これをつけていればソフィアでも魔道具を使うことができる。そして、同時にその時に使う魔力の元であるギルバートに居場所を知らせることができる。任務の邪魔になってしまうだろうことは百も承知だった。しかしギルバートのことだ。ソフィアが拐われたと知ったら、きっと心配してくれるだろう。助けて欲しい。それが過ぎた願いだと言う理性の声も、純粋な願いに打ち消された。

 もう一度、今度は壁を中心に探す。照明のスイッチは入り口の近くにあるのが常だ。ソフィアはちょうど扉の横にある金属製の板に目を止めた。彫りで何かの模様が刻まれている。きっとあれが照明のスイッチだろう。ソフィアの座っている寝台からは、数メートル程離れているようだ。


「あれに触れば……っ」


 ソフィアは立ち上がろうとして寝台から滑り落ちた。やはり両足に力が入らない。咄嗟に身体を支えようとした手もただシーツを乱しただけだった。


「──……っ」


 石壁と古い木の床の室内に取ってつけたように敷かれた絨毯の上を、ソフィアは身体を引き摺って進む。少しずつだが、確かに壁に近付いた。そこに辿り着くまでにどれだけの時間を掛けたか分からない。それでもどうにか、横座りの姿勢でスイッチの下の壁に触れることができた。このまま手を持ち上げて伸ばせば、スイッチに届く。ソフィアは左腕を持ち上げ壁を頼りに少しずつ上に向けて伸ばしていった。足りない力は、右手を添えて。ぐっと伸ばしてようやく触れたスイッチは、無機質な冷たさで皮膚を通し存在を主張する。訪れた暗闇に、ソフィアはすぐにもう一度スイッチに触れた。左手の指輪から伝わる魔力が、また部屋を明るくした。この魔力は、ギルバートのものだ。重さに任せて落とした左腕の指輪が、明かりを受けて光る。


「ギルバート様。ここに……いてくださるのですね」


 左小指に、ギルバートの魔力。こんな場所で一人きりで、こんな状況で自由を奪われていても、ソフィアは一人ではなかった。

 何度かスイッチに触れようと、もう一度腕を伸ばす。さっきより重く感じるが、それでもあと少しと思ったその時、不意にすぐ横の扉が外から開けられた。びくりと肩を震わせて、ソフィアは腕を下ろして後退る。


「おい、娘はいたぞ!」


 兵士らしい服装の男が、外に向かって何事かを叫ぶ。途端ばたばたと足音が響き、扉から何人もの男の顔が覗いた。


「え……」


 自分の誘拐にこれほど多くの人間が関わっていたことが分かり、ソフィアは血の気が引いた。

 男の一人が、ソフィアを軽々と担ぎ上げて寝台に運ぶ。必死の思いで辿り着いた壁から、あっという間に離された。


「こっちの鍵は頑丈にしておこう。何があるか分からん」


「そうだな、持ってくる」


 男達は次々と離れていく。最後に残った男が、部屋の明かりを消した。


「──下手なことはするな。どうなっても知らんぞ」


 男が外に出て、扉が大きな音を立てて閉められた。続いて金属の擦れるような音と、更に鎖や鍵の音が続く。どれだけ厳重に鍵を付けられているのだろうか。外で起きた出来事を知らないソフィアには、暗闇も鍵の音も、ただ恐怖を煽られるばかりだった。

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