令嬢は異国に囚われる6
コンラートを助け出したギルバートは自身とコンラートに魔法を掛け直し、それぞれの髪色を変えた。何をするにも、一度コンラートを隠さなければならない。ギルバートはコンラートに道を示しながら先を急ぐ。
「──ここは、北の塔だね。私もこれまで入ったことは無かったよ」
「使われていないようですから。……外に出ます。暫しお待ちを」
ギルバートは入ってきた裏口の扉に手を当て、外の様子を探った。見張りが一人扉に寄り掛かっているのが分かる。予定外の事態にギルバートは眉間に皺を寄せた。
「どうした?」
「巡回の見張りがさぼっているようです」
鍵を丁寧に擬装し過ぎただろうか。ギルバートは溜息を押し殺し、一度目を閉じ心を落ち着けた。
「──殿下、少し下がっていてください」
指示に従ってコンラートが下がったのを確認し、扉の周囲に防音魔法を使う。すぐに剣の柄に手を掛け、音が漏れないのを良いことに、勢い良く扉を引いた。
「うあっ!?」
男が扉と共に姿勢を崩す。その機を逃さず左腕で男を支え、鞘から抜かないままの剣で突いて意識を奪った。男を屋内に引き込み、コンラートに外に出るよう合図する。入った時と同じように鍵を掛け直し、闇と草の中に身を隠した。
「──殿下、大丈夫ですか」
ギルバートが小声で無事を確認する。コンラートはこんな状況にもかかわらず、口元を緩めていた。
「はは、そうか。君はすごいね。剣も魔法も使えるのか」
「いえ。大切な人一人……私は守ることができません」
興味深そうに笑うコンラートに、ギルバートは目を伏せた。ソフィアがどうか無事であれば良い。
「それは──」
コンラートが抱いた疑問から口を開いたのと、別の男が裏口に回ってきたのが同時だった。戻りの遅い見張りを不思議に思ったのだろうか。
「とにかく先にここを離れましょう。殿下には、一度街のアパートメントに来て頂きます。これを羽織ってください」
ギルバートの言葉にコンラートは頷き、ギルバートが差し出したマントを巻き付けた。王族然とした衣装がすっぽり隠れる。
身を屈めたまま、王城の敷地内を遠回りで南に歩を進めた。北の塔で異変があっても、コンラートがいなくなっても、表立って騒ぎにすることはできない筈である。時間に余裕がある訳ではないとはいえ、多少は楽観視できる状況だった。城の敷地を出て、アパートメントへと先を急ぐ。コンラートの顔には疲労の色が浮かんでいたが、文句一つ言わずギルバートに付いてきていた。
「──……っ」
裏道を進んでいる途中、ギルバートは足を止めた。不意に覚えた違和感から、左手を耳に当てる。
「どうかしたのか?」
コンラートがその突然の行動を不審に思い、ギルバートに声をかけた。しかし今のギルバートには、その声すら聞こえていない。
「ソフィア……?」
左耳の藍晶石の耳飾りが僅かに熱を持っている。ソフィアの指輪に向けて、ギルバートの魔力が流れた。ギルバートにとって行方不明のソフィアの手掛かりは、いつも身につけているよう言い聞かせた左手小指の藍晶石の指輪だけだ。あの指輪は、魔力で魔道具を発動できないソフィアの為に、ギルバートが贈ったものだ。つまり多少でも魔力がある者は、指輪を使うことはできない。ギルバートにはそれだけで、確実にソフィアが使ったと分かるのだ。
場所はエラトスの王城だった。それもたった今までギルバートがいた、北の塔。地下にはコンラートしかいなかったと思い返し、ルッツの記憶の中に見た映像に行き着いた。確か上階にも一人、見張りが置かれていた筈だ。
「──フォルスター侯爵」
コンラートがギルバートを呼んだ。瞬間、ギルバートは目の前の状況を嫌でも理解した。コンラートを連れたまま王城に戻ることはできず、更に悪いことに、北の塔で見張りを二人昏倒させている。きっと今、北の塔ではひっそりと警備を増やしているに違いなかった。
「いいえ、何でもございません、殿下。失礼しました。先を急ぎます」
ギルバートは思いを振り切り、引き続きコンラートを連れて裏道を進んだ。ソフィアはすぐそこにいて、魔道具の指輪に気付きギルバートに助けを求めているのだ。本当は今すぐ助けに行ってやりたい。どうしても無事でいて欲しい。無事でいてくれなければ、ギルバートはきっともうただ心臓が動いているだけの人間ではない何かになってしまうだろう。万一を考えるのも恐ろしかったが、考えずにはいられなかった。
アパートメントに着いてすぐ、ギルバートはコンラートに着替えの服を貸し、シャワーを勧めた。コンラートは素直に受け取り、浴室の扉に手を掛ける。
「──侯爵」
呼び掛けられてギルバートが顔を向けると、コンラートは扉を開けないまま振り返ってギルバートを見ていた。ギルバートは努めて平静を装う。
「殿下、ここでは私のことはジルとお呼びください」
「ああ、そうか。すまない。ジルは……何か気掛かりなことがあるのかい? 先程から随分と険しい顔をしているよ」
ギルバートはその指摘に、眉間に深い皺を寄せた。表情を取り繕うのは上手かった筈だった。その筈だったのに、最近は見破られてばかりだ。
「妻が……何者かに拐われて、この国にいるようでして」
最低限の言葉で説明すると、コンラートもまた険しい顔になる。
「それは、心配だね。──ありがとう。そんな中、私を救いに来てくれて」
コンラートはそれだけ言って、浴室へと入っていった。室内に残されたギルバートは、腰から剣を外し机に立て掛ける。椅子に座ると、深い溜息が漏れた。ソフィアのこととなると、感情を誤魔化せなくなる。そんな自分の変化をまざまざと突きつけられ、ギルバートは動揺した。
明日の朝になったら、また北の塔を探りに行こう。ギルバートはそう決意し、きっと眠れないであろう夜をこのまま越える覚悟を決めた。
いつもお読み頂きありがとうございます!
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