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令嬢は異国に囚われる5

 北の塔の周りは夜でも見張りが置かれていた。ギルバートがここにやってきたのは初めてだが、使われていないだけあって塔の周囲は雑草も生い茂っており、見張りの者達以外の人影はない。ルッツはこの時間、当番ではないはずだった。ギルバートは身を低くして、影から様子を窺う。

 塔の周りの見張りは三人。正面入り口に二人、一人は周囲を巡回しているようだ。裏口はあるが鍵が掛かっていて、そちらには見張りは置かれていない。


「──裏からだな」


 ギルバートは闇と雑草に紛れて裏口へと向かった。警戒して遠目に確認する。扉には鍵穴があり、それとは別に持ち手の部分が鎖でぐるぐるに巻かれそちらにも南京錠が付けられている。鍵を持っていたとしても鎖を解く音で気付くようにしているのだろう。ギルバートは鍵は持っていない。しかしその鍵は特殊な物ではないようだった。

 巡回の見張りが過ぎ去った機会を狙って扉の前に移動したギルバートは、自身と扉の前に防音魔法の結界を張った。鍵の構造を透視し、持ってきた針金で内部の仕掛けを操作する。鍵と鎖を外してしまうと、扉の持ち手の片方に鎖を重ねて掛け、針金を芯にして夜闇の中では見た目に区別が付かないよう細工した。

 塔の中は元々不要物の倉庫になっていたようで、がらんとした空間に木箱がいくつも積み重なっている。壊れた家具のようなものもあった。身を隠しながら奥に進むと、螺旋状の階段がある。足音を立てないように地下へと下り、壁に身を隠して先の様子を窺う。牢は何部屋かあるようだったが、明かりのある部屋は一つだけだった。中には見張りであろう、眠そうな男が一人。ギルバートは男が入り口に背を向けた瞬間一気に部屋の中へと入った。


「──失礼」


 剣を抜く間も振り返る間も与えず、男を背後から拘束する。先に調達していた薬を嗅がせ、意識を奪った。更に念の為にと持ってきたロープで拘束しておく。


「君は誰だい? 見慣れない顔だけれど」


 ルッツを通して聞いた声と同じだった。あまり低くないその声は、音量は小さいのによく通る。ギルバートは振り返り片膝をついた。マントの下に隠していた剣の鞘から布を剥ぎ、外して自身の前に置く。


「コンラート殿下、お会いできて光栄です」


 頭を下げて右手首の腕飾りに触れた。くすませていたそれは白金の輝きを取り戻し、濃い茶色の髪は本来の銀色に戻る。肌の色も元に戻してしまえば、白い肌に藍晶石の瞳が印象的ないつもの姿になった。


「君は……アイオリアの」


 それまで、ルッツの記憶の中でもあまり表情を変えることのなかったコンラートが、目を丸くしてギルバートをまじまじと見つめている。


「はい。アイオリアより参りました、ギルバート・フォルスターと申します」


「一度会ったことがあるね。いつかの夜会か何かだっただろうか……覚えているよ。こんな姿ですまない。顔を上げてくれ。頭を下げるのはこちらの方だ」


 コンラートは自国と戦争中の国の貴族と会ったにしては落ち着いた態度だった。ここに来たギルバートの目的に、気付いているのだろうか。ギルバートは言われるままに顔を上げた。すると、今度はコンラートが頭を下げてくる。


「愚弟が貴国に戦を仕掛けたこと、私からお詫び申し上げる。エラトス内部の諍いに巻き込んでしまった」


「頭をお上げください。──貴国の諍いと言いますと、ヘルムート殿下との後継争いですか」


 毒を盛ったと捕らえられたコンラート。少量を口にした為に病で寝込んでいる国王。国王代理として執務をし、アイオリア王国に戦争を仕掛けているヘルムート。コンラートはヘルムートに嵌められたのだろう。ヘルムートは自ら国王に毒を盛り、その罪をコンラートに押し付けたのだ。そうでなければ、国王がこんなに長く寝込んでいるとは考え辛い。たかが少量の毒で何ヶ月も寝込む程弱い王ではなかった筈だ。


「はは、貴殿にはお見通しかな。──そう、私は愚弟の愚策に負けた愚かな兄なのだよ」


「殿下はそのような方ではなかったようにお見受けしましたが」


「私も身内のこととなると、甘かったと言わざるを得ないかな。いくら仲の悪い兄弟と家庭を顧みない父だったとはいえ、このような暴挙に出るほどに関係が壊れていたことに気付かなかったんだ。今では私もこのざまだよ」


 ギルバートは立ち上がり、一歩前に出た。柵の隙間から腕を伸ばす。


「──もし殿下が私の手を取ってくださるのならば、私は殿下にとって良い協力者となるでしょう」


 コンラートは目を伏せ、おずおずとギルバートに近付いていた。持ち上げた手をギルバートの手に近付ける。


「この手を取ると、何が起こるのかな」


「殿下のお考えを、私は全て知ることができます。我が国に不利益をもたらす可能性が高い場合はお助けできかねますが……殿下はそうではないと思っておりますので」


 ギルバートは素直に事実を言った。コンラートはその回答に口の端を上げ、機嫌良さそうにギルバートの手に触れる。


「信じよう。それに私は、見られて困るような悪巧みはしていない」


 ギルバートの中に入ってくるコンラートの思考は、混じり気のない愛国心だった。国民を幸せにしたい、国を安定させたい、子供達を伸び伸びと育ててやりたい。そしてエラトスを富ませる為に、アイオリアとの外交を行いたい。


「ありがとうございます。私も殿下を信じましょう」


 ギルバートは表情を変えないまま、牢の鍵を外した。からんと鈍い音がして、床に鍵が落ちる。その鍵の重さを突きつけられたような気がした。

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