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令嬢は異国に囚われる4

「あの、ルッツさんっていますか?」


 ギルバートは騎士団の詰所を覗くようにして問いかけた。中には多くの制服姿の者がいて、そろそろ交代の時間だと分かる。


「あ、ルッツならそろそろ戻ってくるぜ。その辺で待ってれば会えるから」


 入り口の近くにいた男が教えてくれた。ギルバートは礼を言って、詰所近くの開けた場所にある木に寄りかかって座った。余計な騒音は無く、思考も澄んでいく。周囲に気を配りながらもソフィアの無事を祈った。今は祈るしかできない自分が情けない。


「──ジル、お疲れ。こんなとこでどうした?」


 ギルバートのいた場所から北の方角、王城の裏手側からルッツが歩いてきた。午後の交代だろう。しかし相変わらず、ひと仕事終えた後の割にはどよんと暗い表情をしている。


「ルッツさんに会いに来たんですよ。何か悩んでるみたいだったので……気になって」


 嘘は吐いていない。ただ気になった理由が違うだけだ。今のギルバートには余裕がなかった。可能性があるのならば、細い糸にでも縋りたい。ヘルムートの思惑もコンラートの居場所も、まだほとんど掴めていないのだ。


「ジル、お前良い奴だな。……時間あるならちょっと話すか」


 ルッツはそう言って、ギルバートのすぐ横に勢いよく座った。寄り掛かった木が揺れ、葉が何枚か落ちる。共に酒を飲むと、男同士などすぐに距離は縮まったような気になる。普段は面倒に思うその付き合いも、今のギルバートにとっては便利だった。


「大丈夫なんですか? 辞めたいくらい辛いお仕事って……ルッツさんは騎士団の方なんですよね」


「ああ、そうだな。騎士団……お前、騎士団ってどんなイメージだ?」


 ルッツはギルバートの質問に、質問で返した。ギルバートは数度瞬きをして、目を伏せる。ギルバートにとってその質問は、今、とても痛かった。自分が正しく騎士であるかを、問い返されているような気になる。


「──そうですね。国と、王族と、大切な人を守る……強い人だと思います」


 一番大切な人を守ることができていない、自身の矛盾が胸を締め付ける。多少魔力が強くたって、剣が使えたって、何の意味があるだろう。ギルバートは内心で自嘲し、それを態度に出さないように微笑んだ。しかし目の前のルッツは、まるでギルバートの心を鏡に映したかのように自嘲的な笑みを浮かべている。


「俺もそう思ってたんだ。実際、やり甲斐があったよ。弱い者の為に振るう剣は軽くて、守る為の仕事は楽しかった」


「楽し、かった?」


 ギルバートはその過去形が気になった。今もその仕事をしている人間の口から出るには随分と弱気な発言だ。


「──そう、俺はもう働きたくないんだ。あんな……あんな仕事、俺達騎士団の仕事じゃない」


 ルッツは強く言ってから、身体の力を抜き深く嘆息して空を見上げた。ギルバートはルッツがやってきた方角を見る。王城の土地の北側には、今はもう使われていない古い塔しかない。ギルバートはルッツが城の裏からやってきたことに改めて違和感を抱いた。仕事終わりのルッツがやってきた場所には、本来用などないのだ。


「ルッツさん。もしかして、あの北の塔──」


「いや、違うんだ! 忘れてくれ」


 ルッツは顔を青くした。それが任務に関わるものだからこその反応であることをギルバートは知っていて、無造作に地面に投げ出されていた手を握り締めた。


「そんな、心配ですよ」


 俯いて見せれば、ルッツもまたどうしたら良いのか悩んで俯いた。無言なのを良いことに、ギルバートはルッツの脳内の映像と音声に集中していく。





「ねえ、君。君はそこでそうしていて、虚しくならない? 私はただここにいるだけなのに」


 狭い牢の中、コンラートが言う。突然の声にルッツが勢いよく振り返った。


「私の弟はね、愚かにもこの戦争に勝てると本気で思っているんだ。自国を全く理解してないのが分かる。君もそう思ってるのかな。──ねえ、この政治に君は賛成なの?」


「それは……」


 本来、ルッツの役目はこのコンラートを黙らせることだったのだろう。素直にその言動に心揺さぶられている彼には、牢の見張りは全く向いていない。


「何の為にこんな仕事をしているんだい? 仕事だから? 命令だから? エラトスの騎士団は、自分で考えられない程に堕ちてしまったのかな」


 コンラートは場所にも言葉にも似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべている。その全てが異質なもので構成されていて、ルッツはより大きく動揺したようだ。

 ギルバートの予想通り、コンラートは切れ者のようである。何よりこの状況で、説得にルッツを狙うあたり、人選も的確だ。


「殿下……私は」


 ルッツの複雑な心境が分かった。悲しい、悔しい。コンラートを悪人だと思えない。何より皆が戦争で疲弊しているのは事実だ。しかし今の国王代理はヘルムートで、騎士団の指揮権も彼にある。コンラートの言葉に賛同したい気持ちと自身の職務の間で、ルッツの心は揺れていた。





「──ねえ、ルッツさん。どうして、さっき北から来たの? 向こうには塔しかないよね」


 ギルバートは話題を一気に変えた。ルッツの動揺は更に大きく、心は無防備になる。同時に塔の中の映像が、一気にギルバートの中に入ってきた。地下にある牢に、コンラートが幽閉されている。見張りは交代制だ。塔の入り口に三人と、牢の前に一人。そして、上階の小部屋前に一人。


「え、そんな、ジル。何で……」


 ルッツは肩を揺らして顔を上げた。


「え? ううん。気になっただけですけど」


 ギルバートは手を離して左右に振った。ルッツは一瞬強張らせた顔を緩め、ギルバートに向けてゆるゆると力無く拳をぶつけた。


「そうか、おどかすなよ。あ、俺そろそろ行くわ」


 ルッツが立ち上がり、服の土汚れを手で払う。ギルバートは座ったまま、ルッツのその姿を見上げた。


「うん。お疲れさまでした」


 去っていく後姿をじっと見ていた。やはりその背中はどこか頼りない。

 また一人になったギルバートは、王城の向こうに覗く北の塔を見た。前時代的なその塔も、かつては日々使われていたのだろうか。今になって地下牢として正しく使われているなど、国にとっても塔にとっても皮肉なことだ。


「しかし、塔の上階には何が──」


 交代で見張りを置いている場所は、地下と上階だ。ルッツは上階には行っていなかったらしく、そちらの様子は探れなかった。やはり政治家か人質だろうか。

 今夜まずは地下に潜入すると決め、ギルバートはその場から立ち去った。

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