令嬢は異国に囚われる3
ギルバートの持つ通信用の魔道具はマティアスの持つものとは違い、受信を知らせる機能が付いていない。それは潜入捜査中であることを考慮に入れている為だ。ギルバートもその分、小まめに確認をするようにしているが、今回は気付くのが遅かった。連絡が来たのが夜遅く、確認したのは翌朝になってからのことだ。
ギルバートはそのマティアスからの知らせに、魔道具を机に叩きつけそうになるのを堪えなければならなかった。そこにはソフィアが何者かに連れ去られた旨と、その状況について書かれていたのだ。利用されたのが農園の葡萄である可能性が高いことも書かれていた。
「──ソフィア」
ギルバートは左耳の耳飾りに触れた。それが最後に反応をしたのは、昨日の昼過ぎ頃のことだ。場所はフォルスター侯爵邸の中。それ以降反応がないということは、報告から見てもそのすぐ後に連れ去られてしまったということだろう。
任務とはいえ、側にいられなかった自身が悔やまれる。以降、今までソフィアの魔道具の反応はない。周囲に魔道具のない状況にいるのか、それとも。ギルバートは脳裏をよぎる嫌な予感に目眩がした。頭の奥の方で、ちかちかと何かが瞬いているようだ。目尻が熱く、感情的になっていることを自覚する。
どこにいるのか、せめてそれだけ分かればすぐにでも救いに行きたかった。しかし任務中のギルバートは、エラトス国内から自由に出ることもままならない。その身の不自由さに拳を握り締めた。手首に付けたままの腕輪が熱くなる。ギルバートの感情の昂りに、魔力が暴走しようとしているのだ。どうとでもなってしまえと思う自分を、理性で強く押し込める。ソフィアの居場所を知る一番の手掛かりは、身に付けているようにと言い聞かせた藍晶石の指輪だ。ソフィアが魔道具を使用すれば、ギルバートには居場所が分かる。今魔力を暴走させてしまえば、身に付けている魔道具も壊してしまう。それだけは避けなければならなかった。
「ソフィア。無事ならどうか、居場所を知らせてくれ……」
一人きりの室内で乞うように搾り出した声は、無音の中に消えていく。深呼吸をして耳元で響く自身の鼓動を遠くに追いやった。郵便配達の仕事に行く時間が近付いてきていた。
ソフィアが今拐われたのなら、間違いなくエラトスに関連しているだろう。戦争と関わりなく侯爵邸内に侵入するような愚かな人間はいないとギルバートは確信していた。全ての入り口に記録装置を付けており、通過した者は映像で記録される。当然警備の前で来訪理由を書く必要もあった。アイオリア国内の者であれば、わざわざそんな家で犯罪を犯そうとはしない。
「──探るか」
指示を出した人間は誰か、ソフィアはどこにいるのか。全ての手掛かりはきっとここ、エラトスにある。それもきっと、王城の中に。ギルバートは手早く身支度をして部屋を出た。
感情を制することには慣れている。慣れている、筈だ。王城の正門を抜け、勤務場所へと向かう。鞄いっぱいに入れられているのは、王城宛の手紙だ。各部署に配って回るのだが、今日は特に念入りにその中身を確認した。開けずに確認できる能力は、特に今は便利だ。
「お、ジル。お疲れー」
今日もまたカミルがギルバートを見つけて手を振った。
「お疲れ様です、カミルさん」
ギルバートは笑顔で返す。しかしカミルはおやと小さく首を傾げた。
「ジル、どうした? 何かあったのか」
「なんでですか?」
「いや、元気ねぇなと思ってよ。悩み事なら相談に乗るぜ」
気安く肩を叩くカミルに、ギルバートは複雑な心境だった。やはり今日のギルバートの作り笑顔には、違和感があるらしい。
「何でもないですよ。今日は特に多いので、失礼しますね」
ギルバートは鞄を見せ、軽く一礼してその場を離れた。肩を叩かれた時に触れた肌から、カミルの感情が読み取れた。素直にギルバートを案じてくれていることが分かり、安心する。同時にカミルが何も知らないことも分かった。今は時間が惜しい。次の場所へと向かいながら、手紙を一つ一つ確認していった。
「これは……」
それに行き着いたのは、手持ちの手紙が残り僅かになった頃だ。書類を入れる封筒よりも小ぶりのそれは第二王子であるヘルムート宛のもので、中には短い文章が書かれているだけだ。
──猫を保護しています。確認されたし。
あえて多くを語らないその文章にギルバートは強い確信を得た。間違いなくソフィアのことで、ヘルムートが関わっているのだろう。指示を出したのもヘルムートかもしれない。保護というからには、現時点ではソフィアの身は無事であると信じて問題なさそうだ。確認できる場所ということは、ソフィアはエラトスにいるのか。
「殿下にお会いしたいな」
ギルバートは誰もいない廊下で、誰にも聞こえない程度の声で呟いた。第一王子コンラートのいるどこかの牢は、居酒屋で知り合った騎士団のルッツが知っている筈だ。ギルバートはヘルムート宛の手紙をその側近達の働く部屋に預ける。騎士団の詰所へ行けばルッツに会えるだろうか。そう考えたギルバートは、王城の敷地の端へと向かった。