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令嬢は異国に囚われる1

 不規則な揺れと、聞き慣れない音に目を覚ます。低く身体全体を包むような音が、間断なく響いている。はっきりとしない意識で縮こまった身体を伸ばそうと身動ぎをして、すぐに身体が何かに当たった。とん、と軽い音がする。両手も不自由で、口が塞がれていて呼吸が苦しい。

 侯爵邸で倒れたときのことを思い出し、ソフィアは急速に覚醒した。両手足は縛られ、狭い箱のような場所に閉じ込められているようだ。声を上げようともがいてみたが、意味のない音が漏れるだけだった。

 耳を澄ますと、篭ってはいるがそれは大きな水音のようだった。音の大きさからして、余程水の近くなのだと分かる。そして途切れることのない揺れ。何処かの川だろうか。一切の光のない暗闇の中、ソフィアは現状を認識しようと混乱する頭を必死で回転させた。


「──やっぱり起きてるじゃないか」


 ぱか、と開けられた上部の蓋に、ソフィアは目を細めた。外は夜のようだが、月明かりすら今のソフィアには眩しい。蓋が外されたことで、流れていく夜空とはっきりとした川の流れる音を意識した。やはり小舟か何かに積まれているようだ。覗き込んでくる男に、ソフィアはびくりと身体を震わせる。顔の下半分を布で隠していて、表情が分からないのが余計に恐怖を増幅させた。


「なんだ、薬が少なかったんじゃねえの? まだ着かねぇんだから寝かせとけよ」


 少し離れたところから、別の声が聞こえた。それがここはフォルスター侯爵邸の外だとまざまざとソフィアに突き付けてくる。邸の敷地から出ないようにと、側にいなければソフィアを守る術がないと、抱き締めてくれたギルバートの腕の強さを思い出す。身分も素性も知らない人間相手で、何をされるか分からない。単純な恐怖が身体を硬直させた。


「そうだな」


 男が懐から取り出した小瓶の蓋を開け、ソフィアの顔に近付けた。恐怖から喉を痙攣らせるが、口を塞がれて鼻でしか呼吸ができないソフィアは、その甘く重い臭いを思い切り吸い込んでしまう。途端に意識に靄が掛かっていく。恐怖も心細さも置き去りに、ソフィアはまたも強制的に眠らされてしまった。





 次に目を開けた時、ソフィアは寝台の上に寝かされていた。攫われた筈なのに、寝台は妙に柔らかく、寝具からは清潔な日光の匂いがした。首だけを動かして室内を見回す。室内には一通り揃えられているようで、浴室らしき扉もあった。ずきんと痛む頭にぎゅっと目を瞑る。


「──ここは」


 思ったよりも弱々しく掠れた声が出た。起き上がろうと、腕に力を入れる。しかし身体が重く、思うように動くことができなかった。


「どうして……」


 どうにか寝返りを打って、寝台が触れている壁を頼りに上体を起こす。まるで身体中に鉛を流し込まれたかのようだった。腕を持ち上げるだけでも時間がかかり、驚く程の体力を消耗する。ただ起きただけで上がってしまった息を、俯いたままゆっくりと呼吸をして落ち着けようとする。自分の身体がどうなってしまったのか、全く分からなかった。

 がちゃりと重い鍵の開く音がして、ソフィアは顔を上げた。そこにいたのはどこかの兵士らしい服を着た男だ。男はソフィアの姿を確認してから、寝台の近くのテーブルに食事が乗っているトレーを置いた。そのまま無言で部屋を出て行こうとする。


「待って……っ!」


 ソフィアは声を振り絞って男を呼び止めた。緩慢な動作で振り返った男は、興味無さそうな顔でソフィアを見る。


「なんだ」


 その顔にはおよそ感情と呼べるものがなく、ソフィアはぐっと息を飲んだ。しかしこの機を逃すとまた部屋に一人きりになってしまうのだ。分からないことばかりの今、少しでも手掛かりが欲しい。


「何故、私の身体はこんなにも重いのでしょうか」


 動かないと言うと語弊がある。ただ、どうしようもなく重いのだ。その不自由さは、食事の置かれたテーブルまで立って歩く自信が無い程だった。


「その首輪だ」


 男がソフィアの首を指差す。ソフィアはびくりと肩を揺らして、ゆっくりと持ち上げた右手で自身の首に触れた。


「……っ」


 他のことが気になって気付かなかったが、確かに首には首輪が付けられている。それは特殊な金属を使っているようで、太さの割に随分と軽い。正面には鍵穴のような窪みがあるようだ。


「それは魔道具で、筋肉の働きを抑える効果がある。身体が重いのではなく、お前の力が弱まっている」


 力が弱まっているから身体が重く感じる。確かに納得できる理由だが、そのようなものが簡単に手に入るものだろうか。危険な魔道具は規制され、簡単には購入できない筈だ。まして他人の身体の自由を奪う魔道具など、犯罪に使う為にあるようなものだ。


「どうしてそんなものが……だって規制されている筈で」


 顔を青くしたソフィアは、力を抜いてぱたりと右手を落とした。足の上に手が乗るが、確かに重くなく、男の言っていることが事実であると分かる。


「何の話だ」


 首輪の鍵は無く、この状況を打開する術も無い。部屋の扉にも鍵が掛けられていたのだ。脱出することは不可能だろう。無慈悲なまでの現実がソフィアを追い詰める。男は黙っているソフィアを確認して、改めて部屋を出て行こうとした。扉を開けた男の背中に、ソフィアは縋るような思いで問いかけた。


「ここは……ここは、何処なのですか」


 どうか、誰かが探しに来てくれる場所であれば良い。そんなソフィアの願いを見透かしたように、男は振り返ることなく告げた。


「ここはエラトスの王都にある、とある塔の上だ。逃げようなどと思わない方が身の為だ」


 ばたんと大きな音と共に、扉が閉まる。金属が触れ合う音の後に、がちゃりと鍵が掛け直される音。

 ギルバートはアイオリア王国南部のバーガン領に行くと言っていた。アイオリアとエラトスは戦争中で、国境を越えるのは容易ではない。ましてソフィアがここにいることを知る者はいないだろう。自力で逃げ出そうにも、この身体では自由に動くこともままならない。

 ソフィアが攫われたのは、牽制だろうか。それは黒騎士と呼ばれその名を轟かせているギルバートへか、勝利が約束されていると噂されているアイオリア王国へか。どちらにしても今のソフィアは、国とギルバートの足枷にしかならない。


「──ごめんなさい、ギルバート様」


 誰にも聞かれない懺悔が室内にぽつりと落ちた。失望と絶望の中、不思議と涙は浮かんでこなかった。

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「悲しみの人魚は黄金の瞳に囚われる」亡国の王女と後継争い中の第三王子のラブストーリーです。

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