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黒騎士様は真実に近付く5

 ソフィアはカリーナと共に、厨房へとやってきていた。元レーニシュ男爵領には新たな打ち手としてカルナ豆の栽培を奨励し、研究者達も無事到着したと連絡を受けている。時間に余裕ができてしまったソフィアは、その穴を埋めるようにして料理の練習をしようと思ったのだ。ギルバートが帰ってきたときに、美味しい菓子を贈りたい。料理長に頼み、ギルバートが任務に出てから二週間程経った頃から、隔日で時間を取ってもらっている。


「──今日は料理長、まだいないのかしら」


 ソフィアは首を傾げた。いつもは先にいて、ソフィア達が来るのを待っていてくれるのだ。カリーナも不思議そうにしている。


「でも、前回は何も言ってなかったわよ。ちょっと聞いて来ようか?」


 すぐにでも厨房を出て行こうとするカリーナを引き止めて、ソフィアは笑った。


「少し待ってみて、来なかったら様子を聞きに行ってみよう? ただ仕入れが長引いてるのかもしれないし」


 料理長は出入りの業者に仕入れをある程度まで任せているが、メインになる料理の材料は市場へ直接仕入れに行くことも多い。邸内の全ての料理に責任を持っている料理長だ。ソフィアの頼みにばかり構っていられなくて当然だと思っていた。


「そう? ソフィアがそう言うなら」


「特に急ぎのことは無かったでしょう。エミーリア様からの手紙も、昨日お返事を書いているし……ゆっくり待っても大丈夫よ」


 カリーナは小さく肩を落として頷いた。


「じゃあせめて準備室に移動しましょ。あそこなら小さいけど椅子もテーブルもあるから、お茶ができるわ」


「あ、嬉しい!」


 ソフィアとカリーナは早速準備室へと移動した。カリーナが二人分の紅茶を淹れ、ソフィアの前に一つを置く。

 二人でいれば、どんな空間だって楽しいお茶会になる。ギルバートの言い付けを守り三週間も外出を控えているソフィアの為に、カリーナはおつかいに行った先で聞いた話を色々と話して聞かせてくれた。





「あれ、奥様。料理長は一緒ではないのですか?」


 声をかけてきたのは、厨房で働いているまだ若い料理人の男だ。ソフィアは軽く笑みを浮かべて返した。


「料理長からお菓子作りを教えてもらうことになっていたのだけど……そういえば遅いわね」


 ソフィアは首を傾げる。すっかり時間を忘れていたが、もう半刻はこうして待っているだろう。男もまた、ソフィアの言葉に厨房を覗き込んだ。


「おかしいですね、今日はもう戻っている予定でしたが。私は料理長から奥様のお手伝いをするようにと言われていて、慌てて来たのですが……」


 男の言葉を聞いて、ソフィアとカリーナは顔を見合わせた。男が料理長から手伝うように聞いているのなら、きっと何か理由があって遅れているだけで、すぐにやってくるだろうと思ったのだ。

 使う器具はいつも同じだ。少しでも準備を進めておこうと言う男に誘導され、ソフィア達は厨房へと移動する。何もせずにいたら、あっという間に夕食の仕込みの時間になってしまうだろう。ボウルや笊を揃え、端から置いていく。


「──遅くなりました、今日の配達分です!」


 外から声がかけられたのは、それからすぐのことだった。大きな箱を台車に乗せて転がしてきた男が、厨房の勝手口からひょこりと顔を覗かせている。


「あら、お疲れ様です。いつもありがとう」


 ソフィアの姿に、男は驚いたように目を丸くした。料理人の男が、少し慌てた様子で駆け寄ってくる。


「料理長見なかった? 戻りが遅いみたいなんだ」


「ああ、さっき市場で見かけたよ。何か揉めてるみたいだったから、もうしばらく掛かるんじゃないか?」


「やっぱり……」


 箱を受け取り厨房に運び入れながら、料理人の男は嘆息した。そして呆気にとられているソフィアに気付き、説明をする。


「料理長、こと料理には特に煩い人ですので、仕入先で揉めることもあるんです。いや、街の皆との関係は良好ですので、奥様がご心配をされることではございませんよ」


「そうなの? 良かった」


 カリーナは箱を開けるのを手伝っている。料理長の行方が分かり安心したソフィアは、ほっと肩の力を抜いた。


「──そうだ、奥様。よろしければ、こちらの葡萄を食べてみませんか?」


 ソフィアが顔を上げると、勝手口から厨房に入ってきた男が立派な葡萄を掲げていた。


「葡萄?」



「ええ。本当は葡萄の季節ではないのですが、魔法温室で作られたものが手に入りまして。今日一つ持ってきているんです」


 有無を言わせない勢いに、ソフィアは思わずそれを受け取った。深い青紫色の果実をいっぱいに付けた葡萄は、確かに丸々としてとても美味しそうだ。まじまじとそれを見ていると、男が言葉を重ねてくる。


「フォルスター侯爵領の端にある葡萄園のものなんです。これまで葡萄酒に加工される品種しか作っていなかったのですが、新しい働き手が増えたそうで、食用の品種を増やしたそうですよ」


 領地の端の葡萄園で、それも最近人が増えた場所など限られるだろう。ソフィアの頭に浮かんだのは、ビアンカとアルベルトがいるという農園だった。確信はないが、きっとそうなのだろう。ソフィアは嬉しくなって、カリーナを振り返った。


「カリーナ、ビアンカ達のところかしら?」


 カリーナはソフィアの表情を見て苦笑する。自分を虐めていた女と、婚約破棄をしてきた男。何故情を持てるのかカリーナには分からなかった。しかし優しい感情を抱くことのできるソフィアを、友人としても主人としても誇らしく思う。


「そうかもしれませんね、奥様。後程頂いてみましょうか」


「それでしたら、折角なので今お召し上がりください。すぐに洗いますよ」


 料理人の男が手早く葡萄を洗って、皿に盛って、カウンターに置いた。貰ってすぐに食べることに抵抗があったソフィアは、どうしようかと視線を彷徨わせる。葡萄を持ってきた男がへらりと表情を崩した。


「是非、お願いします。お味の感想も聞かせてください」


「そう? ありがとう、それなら頂くわ。カリーナも一緒に食べましょう」


 ソフィアは葡萄を一粒手に取り、カリーナに渡した。


「ありがとうございます。美味しそうですね」


 カリーナが食べたのを見て、ソフィアも房から一粒取ってそっと唇に当てる。ひやりとした感触を楽しみつつ摘むように押し出せば、瑞々しい甘味が口いっぱいに広がった。


「甘くて美味しいわ」


「本当! 奥様、良かったですね」


「ええ──」


 ソフィアがもう一粒食べようかとまた葡萄に手を伸ばした瞬間、ぐらり、と視界が揺らいだ。何かを思う間も無く、足の力が抜けてその場に立っていられなくなる。


「──ソフィア!?」


 顔を真っ青にしたカリーナがソフィアに駆け寄ろうと一歩踏み出した。しかしそのままバランスを崩して倒れてしまう。


「カリー……ナ」


 ソフィアは心配で手を伸ばしたが、カリーナの身体まで届かない。倒れた身体に感じる厨房の床の冷たさが、ソフィアの脳裏に警鐘を鳴らしている。次第に霞んでいく視界の中、ソフィアが最後に見たのは二人の男の歪んだ笑みだった。

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