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黒騎士様は真実に近付く4

 ギルバートはアパートメントに帰り、水道の水をコップに汲んで一気に飲んだ。日付は変わってしまっている。更にコップいっぱいに水を注いで、それをテーブルに置く。首に結んだタイを無造作に緩めて、一人掛けの椅子にどかりと座った。目を閉じれば自然と深い溜息が漏れる。

 今日の収穫は大きかった。王城内に新たな人脈を築けた上、コンラートとヘルムートの権力争いの謎も見えてきたのだ。しかしその分、心労も大きかった。騎士団の男達は友好的だったが賑やかで騒がしく、カミルはあの後目覚めたが泥酔していた為に家まで送り届けなければならなかった。全て終わらせたギルバートは、明日は郵便配達の潜入は休みであることを確認する。明日はまた別の場所を探りに行く予定だった。それは郵便配達のジルとしては潜入できない場所だ。


「──疲れたな……」


 ギルバートは目を閉じ、上向いた。両瞼を右手の平で覆う。魔力を使い続けることには慣れている。当然任務で家を離れることにも慣れている。しかし性格を偽ることも、愛する者から離れての生活も、初めてのことだった。心細さとも言える感情が日増しに大きくなっていく。国から離れ、家から離れ──ソフィアから離れ、本来の自分自身が少しずつ希薄になっていく感覚。それはこれまでのギルバートは気にも留めずにいたことだった。自分自身に対する執着が弱かった、これまでは。

 今はソフィアがいる。ソフィアに愛されている自分がいる。それは執着をするに相応しく感じられるものだった。枷であり、拠り所でもある。胸ポケットに隠し持っていたハンカチを取り出す。やはり可愛らしいクローバーの花は、自身には似合っていないと思った。しかしそれはソフィアらしく、健気で愛らしい。お守りだと持たせてくれた控えめな主張は、いじらしくもあった。時折感じる耳飾りの熱は、ソフィアが無事に生活をしている証だ。確かな繋がりが、またギルバートが前を向く力になった。





 翌日、ギルバートはそれまでより上質な衣装に身を包み、商人達のサロンに潜入した。銀縁の眼鏡は、度の入っていない変装用のものだ。裕福な商人達に混ざってしまえば、ギルバートの振る舞いは自然だった。


「初めて見る顔ですね。どちらの方ですか?」


 出入り自由のサロンであっても、顔見知りでない者は奇異な目で見られる。探るような目で声をかけてきたのは、ギルバートより一回り程歳上に見える男だった。穏やかな物腰ではあるが、この場にいるのだから裕福な貴族か商売に興味のある貴族──どちらにしても狸か狐である。


「はじめまして。エラトスで商売をしようと、隣国からやってきた者です。王都ならこちらのサロンが一番良いと聞きまして」


 あえて慇懃な態度で答え、薄く笑う。


「隣国と言えば西の方でしょうか。品物はなんです?」


「菓子です。エラトスでは砂糖は高級品だそうですから。──まあ、こちらではまだ名も無い商会ですが」


 ギルバートの話に、男は目を見開いて嬉しそうに笑った。男の商売敵にはならずに済んだのだろうか。


「そうでしたか。それは良い判断です。しかし、人脈も無く高価な品の商売ができるかどうか……今はあまり景気が良くはないですからね」


 途端に親切に話し始めた男に、ギルバートは表情を消す。商売人を騙るなら、性格は偽らない方が上手くいくだろう。


「やはりそうですか」


「ええ。今は難しいでしょう」


「それは、陛下がご病気だからですか?それとも第一王子殿下の……」


 ギルバートは敢えて言葉を切った。


「あ、ああ。陛下がご病気で第一王子殿下が離宮にいらしては、どうしても皆沈みがちになってしまうようですね」


 男は人の良さそうな笑みで答える。その僅かな違和感に、ギルバートは距離を詰めて切り込んだ。


「──第一王子殿下は、本当は離宮にはいらっしゃらないのでしょう? 王城勤めの者から聞きましたよ」


 男は口元を緩めた。それがギルバートを認めた為か、拙い交渉術の為かは判断できない。ギルバートが続けようとした言葉を右手を小さく上げて制し、朗らかな笑みを浮かべている。


「そうか、そうか。貴方は商売に向いていますよ。ただ、販売員は他に見つけてきた方が良いでしょうね。──ああ、揶揄っているのではないですよ、ただ事実を言っているだけです」


「それは……」


「随分お若いと思いましたが、面白い方ですね」


「──ありがとうございます」


 ギルバートは望んだ答えを得られなかった失望を無表情の下に隠した。男は暫しギルバートの表情を観察し、上着の内ポケットから封筒を取り出す。その封筒は黒く、縁に金の箔押しがされていた。男はにいっと悪い笑みを浮かべ、ギルバートにそれを手渡した。


「答えは自分で見つけた方が面白いでしょう? 商売において、情報は何よりの武器ですよ。何の見返りもなく渡す筈がないじゃないですか」


 手渡されたそれを咄嗟に受け取った。裏を返して見ると、見知らぬ紋章の印璽で深紅の封蝋が押されている。


「侯爵家主催の仮面舞踏会の招待状です。再来週の夜に行われます。皆が正体を隠している分、面白い情報が聞けるかもしれませんね」


「これは」


 それはギルバートにとって有難いものだった。王城に忍び込まなければ得られないかと思っていた貴族との繋がりが、転がり込んで来たのだ。仮面舞踏会の招待状など、本来なら人脈が無ければ手に入らない。


「このようなものを、私のような新参者に……よろしいのですか」


「なに、構わないですよ。私は面白い者に渡すようにと頼まれただけですからね」


 飄々とした態度からは男の真意を窺うことはできない。ギルバートは小さく嘆息し、封筒をポケットに入れた。


「それで、見返りは何をお望みですか?」


「話が早くて助かります。──貴方がエラトスに進出する際には、是非私の店と取引をしてもらいたいだけですよ。私は紙を売っていますから、何かとお役に立てるでしょう」


 菓子の梱包や店内の備品には紙が必須だと踏んだのだろう。そして、出店する予定は無いが、ギルバートの営む菓子屋には価値があると思ってもらえたようだ。


「それはこちらからお願いしたいですね。では、出店が決まりましたらまたここでお会いしましょう」


 ギルバートは右手を差し出し、男と握手を交わしてサロンを後にした。当然男の情報はしっかり確認している。

 確かに男は紙の販売もしているようだったが、その本業は投資家だった。仮面舞踏会は第二王子派の有力貴族のもので、男はその貴族の子息から招待状を預かっている。しかし男自身は第二王子派ではなく第一王子派でもない。商売の為に中立を貫いているようだ。

 最後まで互いに名乗ることのなかった出会いに感謝し、ギルバートは今日の報告内容を脳内で纏めていった。

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