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黒騎士様は真実に近付く3

「──お前、何言ってんだ!」


 がたんと鳴る音と怒鳴り声、何かが割れる音。そして小さな悲鳴。唐突な破壊音とも呼べる騒音に、ギルバートは反射的に腰を上げ、マントの下に隠した剣の柄に手を掛けた。

 少し離れた席に、何人かで飲んでいる男達がいる。その中の一人が別の一人の胸ぐらに掴みかかっているようだ。テーブルの上にあったらしき料理の皿やグラスが割れ、床に散らばっている。どちらも酔っているようだった。ギルバートは視界の端に男達を捉えたまま、椅子に座り直した。ただの揉め事に関わるつもりはないが、万一があってはいけないと、剣から手を離さないままにしておく。


「お前だってそう思ってんだろう。俺はもうあんな仕事ごめんなんだよ!」


「だからって辞めるなんて、下手なこと言うもんじゃない。死にたいのか?」


「だけどよぉ! あんなの……あんなの、嘘だって分かってるだろ……」


 語調を落とした男が、胸ぐらを掴まれたままにも構わずがくりと椅子に座った。もう一人の男も、力が抜けたようにぽとりと手を落とす。周囲の男達は、どうしていいか分からない様子で無言のまま二人を見ていた。


「──ジル。あいつら……俺の知り合いだわ」


 それまで目線の定まっていなかったカミルが、男達を見て呟いた。ギルバートは驚きに目を見開く。隠し持っている剣から手を離し、カミルに続きを促すように目を向けた。


「あれ、騎士団の下っ端なんだ。俺の同期も混ざってるから分かる。ったく、あいつら何してんだよ」


 騎士団の下っ端ということは、あの男達もまた王城の敷地内で仕事をしているということだろう。ならば男の言う辞めたいと口にすることが死に直結するかもしれない状況とは、一体どういう訳だろう。

 カミルがふらふらと立ち上がって、男達の方へと向かった。


「おい──」


 ギルバートが思わず声を上げるが、カミルには聞こえていないようだ。騒ぎが気にかかり始めていたギルバートも、カミルを制止するふりをして共に男達の元へと向かう。


「お前ら、酔い過ぎだ。ちょっと落ち着けよ。──辞めるとか死ぬとか、滅多なこと言うもんじゃねえよ」


 酔いは覚めたのだろうか。思っていたよりも、しっかりとした口調だった。ギルバートもすぐに追いつき、そっと様子を窺う。


「だってよぉ。俺はもう我慢ならないんだ。殿下が──」


「おい!」


 男を強い言葉で止めたのは、先程胸ぐらを掴んでいた男だった。ギルバートは不審に思う。何故騎士団の下っ端の男の退職理由に、王族が関わってくるのだろう。それほどまでにヘルムートは無茶をしているのか、それとも。


「お前ら、いい加減にしとけ。ここは職場じゃねえんだ。良いか、言い争いは客のいないところで……」


 そこまではっきりと言ったカミルが、突然ふらりとバランスを崩した。酔いは覚めたのかと思っていたが、急に動いてかえって回ってしまったのかもしれない。カミルが倒れる前に支えようとしたギルバートと、咄嗟に身体を浮かせた先程まで辞めたいと言っていた男の腕が、重なった。





 どこかの牢のようだ。光は少なく、檻の向こうは狭い。石壁が無機質な空間をより冷ややかに見せている。およそ人が生活するのには相応しくない空間のように見える。アイオリアの刑務所や拘置所とは比べ物にならない程度には酷い環境である。

 その中に、一人の男がいた。その牢には似合わない身なりの良い男だ。まだ若い男は恨み言を口にするでもなく、ただ無言のままそこに座っている。その表情は静かに現実を受け入れているようでいて、同時に瞳には強い意志が宿っているようでもある。

 その男を、ギルバートは知っていた。知っていたと言うよりも、見たことがあると言った方が正しいだろう。知り合いではない。何故ならばその男はエラトスの第一王子、コンラートだったのだから。


 ギルバートは男の仕事を理解し、同時に困惑した。エラトスの王族の不祥事──現在の国王に反発した第一王子コンラートが毒による暗殺を計画し、それが暴かれた──は、王城で働く者ならば殆どが知っている。国王は命は無事だったが少量の毒を口にした為に治療中、コンラートは王城を追放され離宮で監視付きの生活をしており、第二王子であるヘルムートが国王の代理をしていることになっている。この不祥事もギルバートは疑っていたが、コンラートの罪が事実だとしても、離宮で暮らしている筈なのだ。粗末な牢の中になど、いる訳がない。


「──カミルさん、大丈夫ですか?」


 ギルバートは無理に意識を引き戻し、カミルの体重を支えて近くの椅子に座らせた。どうやらカミルは眠ってしまっただけのようだった。


「すいません、ありがとうございます」


 ギルバートは辞めたいと言っていた男に頭を下げる。男は慌てたように手を振った。


「いや、俺こそ悪かった。カミルの知り合いか?」


「はい。ジルといいます。王城で郵便を配っていて……」


 さり気なく手を差し出す。男は自然とその手を取った。


「ルッツだ。王城の騎士団で働いている。よろしくな」


「はい。よろしくお願いします、ルッツさん」


 ギルバートはまたもケヴィンのような笑顔をイメージして表情を作る。酔っている男達にとって、それは友好の証に見えるだろう。ギルバートは酔い潰れたカミルを座らせている椅子を引き寄せ、男達のテーブルに加わった。店員を呼び、テーブルに置いたままだった酒と料理を運ばせる。

 男達は間違いなく、ヘルムートが戦争を起こした原因に大なり小なり関わっている。この機会に何か情報を引き出したい。ギルバートは心配そうにカミルの背を撫でながら、男達の会話に耳を傾けた。

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