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黒騎士様は真実に近付く2

 たとえそこが王城内であれ、潜入できる職業はある。ギルバートは郵便配達の身分証──これは偽造したものではない──を首から提げ、手紙の束を配りながら王城内を歩き回っていた。警備の厳重な場所や機密を扱う場所には立ち入れないが、人と知り合い情報を集めるには充分な仕事だ。


「おっ、ジル。お疲れ」


 片手を上げて声をかけてきたのは、潜入を始めて最初に知り合った外務の若手だ。あまり高位の役人ではないが、この場合は高位である必要もない。情報の裏付けなどいくらでもできる。人目を憚れば、魔法で手紙の中を読むことなど容易いのだから。ギルバートは人懐こく見える笑顔で挨拶をした。


「お疲れ様です、カミルさん」


「お前は本当に真面目だな。多少さぼっても誰も文句言わねぇと思うけど」


「そうですか? 俺まだ始めたばっかりで詳しくなくて」


 懐に入るのにギルバートの性格は固すぎる。これまではそれでも問題のない場所にだけ潜入していたのだが、ソフィアとの関わりの中で表情が柔らかくなったと言われているギルバートは、性格を演じて情報を引き出すことにした。参考にしたのはケヴィンだ。ギルバートの側にいる人物の中で最も他人の懐に入るのが上手いのは、きっと彼だろう。エラトス中央部の気候に合わせて肌の色を少し変えれば、ギルバートは予想以上に周囲によく馴染んだ。濃茶の髪と相まって、見た目だけでは正体など気付かれようもない。


「ああそうだ。お前、明日は休みか? 今夜一杯どうだ」


「え、良いんですか。ご馳走様です、カミルさん」


「いや、まだ奢るって言ってねぇし」


 カミル自身は付き合い易い良い男だ。しかしギルバートも、利用することに罪悪感を感じるほど柔な仕事はしてきていない。


「──ほら、殿下の一件以来うちもぴりぴりしててよ。酒でも飲まなきゃやってらんねぇんだよ」


「ああ、あの……困りますよね。お仕事お疲れ様です」


 潜入してすぐに分かったことだが、勢力争いをしている貴族達はさておき、城内で実務を担っている役人達には、現在の第二王子ヘルムートの専横政治に対して批判的な意見が多いということだ。カミルの言う殿下の一件とは、そうなる原因となった王族の不祥事のことを指す。それを知ってすぐ、マティアスには連絡を入れている。


「お前はあちこち顔出すんだから、巻き込まれないようにな。じゃ、今夜梟酒場で」


 離れていく後ろ姿を見送り、ギルバートは小さく嘆息する。へらへら笑って会話する自身を馬鹿らしいとも思うが、これが意外と都合が良い。唯一の問題点は、魔法を使うより剣を使うより余計に疲れることだろうか。

 ギルバートは気を取り直して次の部署へと向かう。居酒屋は馬鹿にできない。噂話の中に重要な情報が紛れていることは稀ではないのだ。手紙の束を少しずつ減らしながら、ギルバートは口角を上げた。





 梟酒場は、エラトスの王都の中でも王城からいくらか離れた場所にある居酒屋だ。その立地のお陰で高位の役人はあまり利用しない為、若手には羽を伸ばす良い場所となっている。ギルバートが着いた時には、混雑し始めた店内でカミルが先に席に座って酒を頼んでいた。


「おう、お疲れ。ジルは何飲む?」


 すぐに寄ってきた店員に対し、ギルバートは同じ物をと頼んで返す。椅子を引いて腰掛けた。


「待たせましたか?」


「いや、そうでもないさ。残業か?」


「役人は無茶が多くて困りますよ」


 苦笑して見せると、カミルもまた苦笑で返す。


「その役人もまた、誰かの無茶の被害者ってな」


「違いないですね」


 揃ったグラスを音を立てて重ね、一気に半分近く煽る。琥珀色の酒はあまり強くなく、甘さも控えめだ。思わず漏れた溜息に、カミルは笑う。


「お前も疲れてんなあ。なんだ、田舎から出てきたと聞いてたが」


「ちょっと家の都合で王都に来ることになりまして。──仕方なく置いてきたんですよ」


「お、これか?」


 にやけて小指を立てて示したカミルに、ギルバートは僅かに顔を顰めた。間違ってはいないが、ソフィアのこととなるとどうしても過敏になる。


「はは、そんな顔すんなよ。そりゃ、お前みたいな男の相手は気になるけど、別に取ったりしねぇよ」


「──俺、どんな顔してました?」


「ん? いや、すげぇ嫌そうだったぜ。好きなんだな、その子のこと」


 カミルは店員を呼び、追加で料理を何品か注文した。ギルバートの返事を待ち、こちらに目を向けながら酒を飲む。


「はい。たった一人の、大事な妻ですよ」


 ギルバートは微笑みを浮かべて言う。自然に笑うのは久しぶりなようで、会えない今はどこか寂しい。感傷に浸るギルバートの前で、カミルが動きを止めた。不思議に思ってその表情を窺うと、ぽかんと口を開けている。目が合った瞬間、時間が動き出したかのようにテーブルを叩いて身を乗り出した。


「……は、妻!? なに、お前。既婚者だったの!」


「言ってませんでしたか」


「聞いてねえよ……」


「結婚してますよ、俺。言いふらすことでもないので黙ってますが。妻が田舎にいるので、本当は全部片付けてさっさと帰りたいんです」


 戯けて言って見せ、酒を一口飲んだ。嘘にほんの少し本当のことを混ぜれば、気付かれ難い。ギルバートが騎士になってから覚えたことだ。


「そうかー、良いねえ良いねえ。早くジルの家の問題が片付くといいな」


 それからカミルは酒が進んだようで、ご機嫌でギルバートの妻について詳しく聞きたがった。ギルバートは相変わらずほんの少しだけ本当のことを混ぜながら答えていく。しかし思い出すソフィアの姿はありありと鮮やかで、あまりに愛おしかった。

 そして、それが起きたのはカミルがすっかり酔っ払って、控えめに飲んでいたギルバートが周囲の客からも情報を集めようと思った時だった。

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