黒騎士様は真実に近付く1
「──そうでしたか、ありがとうございます」
ギルバートはエラトスの王都で宝石商を営んでいる男と取引をしていた。約束の宝石を受け取り、代わりに金貨を渡す。恋人への贈り物を悩んでいる振りをすれば、男は簡単に心を許してくれた。大粒のルビーが付いたネックレスの台座はあまり丁寧な加工ではなく勿体無くも感じたが、これでも王族御用達の宝石商だそうだ。石の価値自体は確かなものだった。
数日掛けて男との商談を終えたギルバートは、そのネックレスを懐に入れた。満足げな表情をして右手を差し出す。男はすぐに笑みを浮かべ、右手を重ねた。
「きっと恋人も喜んでくれると思います。なにせ、王子様もご購入された宝石なのですから。流石の評判です」
下手に出てプライドを刺激してやると、男は相好を崩した。握手の手は離れることがない。ギルバートは誘導したことで男から王子の情報を引き出そうと、意識を男の脳内に向ける。
「いやぁ、そんなことありませんよ。最近は何処も不景気ですので」
誘導を受け、男は前回王子と話をした時のことを思い出したのだろう。自尊心が高く単純な程、より都合良く情報を引き出し易い。お陰でギルバートは案外楽に知りたい情報を手に入れることができた。
男が宝石を売っていたのは、エラトスの第二王子の方らしい。宝石を買った場には何人かの女がいたようだった。街の様子とは対照的に、華やかな様子だ。甘えてくる女達に鼻の下を伸ばしながら、いくつかの宝石を選んでいる。
これまでにギルバートが調べた情報によると、エラトスでは病床の国王に代わり戦好きの第二王子が政務を行っているようだった。アイオリアに戦争を仕掛けてきたのも第二王子だ。戦と女が好きとはどうにも救えない王子だとギルバートは思う。話に上らない第一王子がどうしているのかについては、追加で調査が必要だろう。
「本当にありがとうございました。私も、もう田舎に帰ることにします」
男は握手の手を離さないまま、ギルバートの耳に顔を寄せた。
「そうしなさい。──ここだけの話だが、この辺りにはあまり長くいない方が良いよ。戦争は始まったばかりだが、うちが勝てる筈もないんだ。せめてコンラート様が指揮していれば違っただろうが……王都はすぐに影響を受けるからね。いや、コンラート様だったらそもそも戦を始めていないか」
ギルバートは男の言葉に目を見張った。田舎から恋人に贈る宝石を買いに王都に来たことにしているギルバートへの、優しい忠告だ。同時に、第一王子であったコンラートについてもギルバートに教えてくれた。
「はい、そうします」
一礼して手を離した。次の方針は決まった。ギルバートは踵を返し、宿に戻ることにする。宿に戻って、まずマティアスに連絡をしよう。その後、折を見てエラトス王城内部に潜入する必要がある。コンラートについてもより深く調べて、その人物如何によっては担ぎ出したい。
戻った自室で扉に鍵を掛けたギルバートは、ルビーのネックレスを放るように机に転がした。通信用の魔道具を引っ張り出し、起動させる。ただの金属製の板のような見た目をしたそれは、魔力を流せば起動する。文字を書いて魔法を使うことで、対になる同じ魔道具にその文章を伝えることができるものだ。ギルバートはペンを持ち、迷い無く文字を書き並べていった。
マティアスが執務室で書類に目を走らせていると、机の端に置いていた魔道具が光った。すぐに手元に白い紙を用意し、その金属製の箱のような魔道具に触れる。浮かび上がってきた文字は、ギルバートの几帳面に整った筆跡だ。紙に書き写しながら、その内容に目を走らせていく。
「──はは、ギルバート。流石だな」
マティアスはその内容に思わず乾いた笑い声を上げた。ギルバートがエラトスに潜入してからまだ二週間程だ。しかしこの情報は、きっと近衛騎士団長だけでなく国王すらも満足させられるものだろう。書き写し終えたマティアスは、ギルバートへの連絡を返す。引き続きの任務の遂行依頼と現在の戦況を細かな文字で書きつけた。
「アーベルも見るといい。ギルバートからだ」
マティアスは書き写した紙を、護衛の任に就いていたアーベルに渡す。アーベルはすぐに受け取り、目を通した。
「──第一王子は政務をしていないのですね。国王は先の戦で懲りているだろうと思っておりましたが、第二王子が原因でしたか」
エラトス国王が病床に臥してから第一王子のコンラートを見ていないという話もあると書かれており、第二王子との確執から政権争いに発展した可能性もあるようだ。
「あそこの第二王子はヘルムートというんだが、私はあまり友人にはなりたくない王子だったな。──国際交流の夜会で他国の姫君を何人も口説いていてね。国王に叱られていた筈だ」
マティアスは顔を顰めながら、ギルバートへの返事に第二王子ヘルムートについてマティアスが知る情報と、改めて無茶はしないようにと念を押して書く。簡単な魔法でそれを送信した。
「それは……なかなか癖の強い王子様ですね」
「ああ。コンラート殿の情報が無いのが心配だが、もし息災であればどうしているかな」
エラトスの第一王子コンラートは、派手ではないが話しやすい人物だった記憶がある。少なくとも今の国王より第二王子より、こちらに友好的であったことは確かだ。しかし国王が崩御した訳でもないのに第二王子の指揮で戦争を始めるなどとは、マティアスも予測していなかった。
マティアスはアーベルの返してきた紙に自身のサインを書き足し、丸めて紐で丁寧に縛った。
「──父上に報告する。同行を頼むよ、アーベル」
マティアスはアーベルに声をかけて立ち上がった。廊下に出ればいつもより忙しなく人の行き交う廊下は、マティアスの気持ちも落ち着かなくさせる。辿り着いた国王の執務室の前で、深呼吸をして扉を叩いた。