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令嬢は黒騎士様を恋い慕う3

 すっかり夜が更け、酒屋すら店仕舞いをし、数少ない街灯の明かりだけが街を照らす頃。ギルバートは微かな人の気配を感じて目を覚ました。すぐに神経を研ぎ澄ませて探ると、どうやら扉の向こうに何人かいるようだ。


「──旅人だからと焦ったか?」


 ギルバートが翌朝にはこの宿を出てしまうと思ったのだろう。余程困窮しているのだろうか。

 鍵穴を弄る音がする。ギルバートは寝具を山にして人がいるように見せかけ、寝台から降りた。剣を腰に携え、その影に隠れる。呼吸を殺して時を待った。扉を開けて入って来たのは三人。暗い室内を慣れた様子で移動している。一人がクローゼットを漁りに向かい、残りの二人はギルバートが寝ているように見せかけた寝台へと向かった。腰に剣を提げてはいるが手に頑丈そうな縄を持っているあたり、大事にするつもりはないのだろう。金のない宿で寝具を血で汚すことは許されないのかもしれない。寝具を捲り、男が声をあげた。


「おい、客がいないぞ!」


 クローゼットに頭を突っ込んでいた男が動きを止める。ギルバートは寝台の側にいた男二人を狙って、影から飛び出した。相手が剣を構える前に、縄を持った男の鳩尾に拳を叩き込む。奪った縄を背後に投げ捨て、剣の柄に右手を添え、いつでも抜けるように構えた。


「──他人の部屋に勝手に入るとは、どういう了見だ。ご主人」


 クローゼットから顔を出した男が睨み付けてくる。その顔は、確かに先程ギルバートを部屋に案内した宿の主人だった。


「お客様が悪いのです。そのように高価な物をお持ちになるなど、盗ってくれと仰っているようなものですよ」


 確かに剣は高価な物だが、そうは見えないように鞘には布を巻き付けている。ただの剣にしか見えない筈だ。これが高価に見えるということは、金属そのものの値が高騰しているということだろう。得られた新たな情報を脳内で整理して、ギルバートは表情を変えないままに頷いた。


「そうか。では気を付けよう」


 ギルバートと落ち着き払った態度に、男達の方が先に焦れた。


「なぁ、親父。あの男、俺達で殺しても構わないか?」


 にまりと片頬を釣り上げて歪んだ笑顔になった男が、ギルバートから視線を外さないまま宿の主人に問いかける。


「殺すな、死体は面倒だ。生かしたまま森に捨て置けば、勝手に死ぬだろう」


 ギルバートは自身の心が冷えていくのを感じていた。相手の力量も分からないまま、この男達は勝手に何を言っているのだろう。宿の主人は一歩退がり、代わりに前に立ちはだかるように二人の男が剣を構える。ギルバートは嘆息して、剣を抜いた。この場で魔法を使っては、後々面倒な事態になる可能性がある。解決するには、これが一番適切だ。

 斬りかかってきた男の剣を受け、滑らせて衝撃を逃す。そのまま弾き返してやると男は少し体勢を崩した。もう一人の男に向けて剣を突き付け、怯んだところで剣を返し、その柄を男の右手の付け根に力一杯打ち付けた。

 呻き声と共に男の剣が床に落ちる。拾おうとした男を蹴り飛ばし、そのまま男の剣を背後に蹴った。壁に頭をぶつけたのか、男は意識を失って伸びている。


「この程度で私を殺すなどと言わないでもらいたい」


 ギルバートがいつも受けている剣とは、重さも思いも違う。男達の剣は軽く、強い意志も無かった。田舎では腕は立つ方なのだろうが、自国アイオリアの近衛騎士団第二小隊の隊員達と比べるまでもなく、その剣はただ怒りの感情のままに振るわれている。

 まだ剣を持っている男が、思いきり剣を横に振るった。ギルバートは上体を沈めてそれを避け、身体を翻して背後に回り込んだ。足を払い、倒れた男の首筋に手刀を入れる。意識を失った男を蹴って部屋の端に寄せ、次の動きに備えて剣を一度鞘に収めた。


「お、お前……何者だ」


 宿の主人が顔を青くして、一歩ずつ入り口の扉へと下がっていく。


「ただの旅人だ。──だが私の物が奪われようとしていたのだから、それを防ぐのは当然だろう」


 まるで一切の反撃も想定していなかったとばかりの反応だ。剣を持っている男なのだから、剣を使えて当然だろうに。

 ギルバートは今にも部屋から逃げ出そうとする主人を追い、手首を掴んでその動きを止めた。


「悪事を働いてきた自覚があるのか?」


「ひいっ」


 力を入れると、主人は情け無い声を上げて腰を抜かした。ギルバートは反撃の意思がないことを悟り、そのままその記憶へと意識を向けた。

 やはり金属、特に純度の高いものは闇市で高値で売れるようで、宿の主人はここ数ヶ月、そういった物を狙って盗みをしていたようだ。事情を知らない旅人は狙い易かったようで、何人も被害に遭っていることが分かる。また、過去の被害者は気付かず眠っていた者もいたが、多くは生きたまま森の奥に捨てられていたことも分かった。彼らが生きて帰ってきたかは、知る由も無い。


「生憎、私は先を急ぐ。裁きは街の者達に任せよう」


 ギルバートは抵抗する気力が失せている宿主を無表情のまま見下ろした。





 朝日が昇る前に、ギルバートは街を発った。近くの街までは駅馬車で向かうことにする。なるべく剣が人の目に触れないよう気を払った。

 同じ頃、宿屋の前では、朝から騒ぎが起きていた。宿の主人と二人の男が柱に縄で繋がれていたからだ。宿に泊まっていた人々も皆外へ出てきている。その側には、これまでの窃盗と強盗の被害者に印が付けられた宿泊者名簿と、盗品の出入りを記した裏帳簿。そして、地面に書かれた短いメッセージが残されていた。望む裁きを、とだけ書かれた言葉に、それを見た女が周囲を見回し、昨夜話した男を探す。しかし異様に見目の良いその旅人は、人混みの中からは見つからなかった。

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