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令嬢は黒騎士様を恋い慕う2

 ギルバートは移動装置を使ってエラトスの西隣にある友好国に移動した。一度大使館の移動装置に出て、そこから国境を越える。この緊張状態では、自国からエラトスに直接入国することはできない。

 街で馬を借り、国境の側の街で返す。人目を憚った路地裏で、髪の色を変えた。今は汚してある白金の腕輪が、それでも星のように控えめに光った。一本抜いて、確かにどこにでもいる濃茶の色になったのを確認する。


「──行くか」


 肩紐を握り、関所に向かう。通過しようとする旅人や商人の列に混ざり、順番を待った。


「身分証を提示してください」


 警戒が強まっているのか、通常よりも厳しく検査されているようだ。ギルバートは首から提げているタグをベストから出し、役人に見せた。それはエラトスの国民が旅に出るときに、国から支給されるものだ。自国民であることを証明するそれは、見せるだけで関所を通過することができる。ギルバートは緊張しつつも、態度に出さないようにそれを見せた。


「おかえりなさい。どうぞ、お通りください」


 少し前に逮捕したエラトスの潜入者のタグを元に、騎士団で複製したものだった。役人はちらりとギルバートの剣を見て眉を顰め首を傾げたが、視線を向けるとすぐに目を逸らした。

 ギルバートは役に立ったその道具を懐に仕舞う。安堵から小さく嘆息し、一番近くの街へと向かった。





 その街に入り、ギルバートは活気の無さに愕然とした。住民達はどこか元気が無く、それでも無邪気な子供の声だけが夕暮れの中で場違いに呑気に響いている。


「今夜の宿を探しているのだが」


 ギルバートは近くにいた女に声をかけた。主婦らしいその女はまじまじとギルバートの身なりを見てから、エプロンで両手を拭って笑う。


「旅の人? この街の宿なら一ヶ所しかないよ」


 指をさして示したのは、他の家より大き

 な、しかしところどころの瓦が落ちた建物だ。


「そうか、ありがとう」


 背を向けたギルバートの腕を、女が引き留めるように掴んだ。驚いて振り返ったギルバートは、女の同情したような表情を不思議に思い眉間に皺を寄せる。


「そんなに恐い顔しないで。ただ、あの宿あんまり評判良くないから……」


 女が掴んだ腕から、映像と音声が、そして女の思いが伝わってくる。どうやら過去に何度か窃盗事件があったらしく、土地の人間は利用したがらないようだった。特に宿の主人には良い噂がないらしい。同時に、数ヶ月前からエラトス内で金属製の品が国によって集められており、剣を身に付けているギルバートを特権階級の者であると疑っているのが分かった。


「忠告ありがとう、気を付けよう。ところで……この剣はそんなに珍しいか?」


 できるだけ威圧的にならないよう、少し笑みを浮かべて問いかけた。女は頬を僅かに染める。同時に、ぱっと手を離した。


「あ、いえっ! 国内では金属製の剣は殆ど軍に持っていかれてしまったので、もしやどちらかの偉い方かと……」


「いや、私は……最近こっちに帰ってきたのだ」


「そうでしたか。でしたらお気を付けください。今のご時世、金属は貴重ですので」


 さっき伝わってきたことから、女が悪い人間でないことは分かった。ならば女は純粋にギルバートを心配してくれているのだろう。


「ああ、気を付けよう」


 ギルバートは今度こそ踵を返し、女が唯一だと言う宿へと向かった。宿の店主の男に声をかけると、当然のように空室があったようで、妙に愛想良く案内してくれた。


「どうぞ、こちらでございます」


 店主はにこにこと笑いながら、ギルバートをまじまじと観察してくる。入り口の扉を開けると、そこは適度に整えられた部屋だった。簡素な寝台と、机と椅子と、小さな箪笥のみが置かれている。


「ありがとう、よろしく頼む」


「いえ。それでお客様、今回はどちらからいらっしゃったのですか?」


「旅の帰りだ」


「左様でございましたか。ちなみに──」


 ギルバートはまだ話し続けようとした店主に強引にチップを握らせ黙らせて、部屋から出してすぐに内鍵を掛けた。





 一人で眠る寝台は冷たい。まして剣を抱いての夜ならば尚更だ。ギルバートは女の忠告を信じ、手元にある中で最も金属を多く使っており、高価な剣を手元に置いた。

 同時に、女の言っていた窃盗事件の話も気になっていた。もしも宿の主人が客を見て犯行指示をしているのだとしたら、ギルバートはきっと良いカモに見えたことだろう。

 ギルバートは変装が解けないよう腕輪を付けたまま、また藍晶石が付いたイヤーカフも付けたまま、天井を見つめて深く嘆息した。ソフィアは泣いていないだろうか。無事でいるだろうか。瞼を閉じて浮かぶのは最後に見た今朝の無防備な寝顔だった。自身が付けた所有の痕を思い出すと、どうにも居心地が悪くなる。


「ソフィア、すまない」


 届かないのを知りながら、口だけその形に動かす。鈴を転がしたような可憐な声は、今は帰ってこない。寂しさを感じたちょうどその時、偶然にも耳飾りが微かに熱を持ち、ギルバートに伝わる。ソフィアが魔道具を使ったのだろう。その居場所が、侯爵邸の方向であることが伝わってきた。

 いつもならば眠る時は外している指輪を言いつけ通りつけたままでいてくれることを知り、ギルバートの強張っていた心が少し柔らかくなる。ソフィアを思いながら、ギルバートは浅い眠りの中に落ちていった。

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