表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/223

黒騎士様は令嬢を守りたい4

「おかえりなさい、ソフィア……って、あんた、どうしたのよ!」


 自室に戻ると、カリーナが目を丸くしてソフィアの側へと駆け寄ってきた。頼りになる友人の姿に、ソフィアはほぅと息を吐く。余計な力が抜けて、ふらふらとソファーに腰を下ろした。


「どうした、って?」


 カリーナはすぐにソフィアの上げていた髪を下ろして、正面に回って濡れたコットンを肌に当てた。


「そんな表情じゃ誤魔化せないわよ。旦那様がどうこうより、ソフィアの方がおかしくなっちゃうわよ!」


 朝王城の使用人にされた薄めの化粧を落とされ、髪も緩く纏められていく。カリーナの言葉に思わず右手を頬に当てると、ソフィアの頬は自身が思っているよりずっと冷たかった。そんなに強張っていただろうか。これは顔色も良くないだろうと、妙に冴えた頭で冷静に思う。


「ほら、さっさと着替えちゃいましょう。何をするにせよ、まずは休みなさい」


 カリーナがソフィアをそのままに、楽な部屋着を持ってくる。あっという間に着替えさせられ、手を引かれて寝台へと連れて行かれた。


「カ、カリーナ。あの……」


「良いから!」


 ソフィアは強引なカリーナに小さく頷き、寝台に入る。広い寝台は、やはり一人で寝るには大きかった。カリーナが天蓋を下ろし、カーテンを閉めた。


「とりあえず昼食まで、ね。おやすみ、ソフィア」


「おやすみなさい……」


 カリーナは寝室の端に控えているようだ。同じ部屋に信頼する人の存在を感じて、ソフィアは安心した。身体の力を抜いて寝台に預けると、慣れた香りに包まれていることに気付く。


「──ギルバート様」


 言葉の形に口を動かす。ここは、ソフィアとギルバートが使っている寝台だ。共寝を許されてから一月、毎晩ここで温もりを貰ってきた。その事実が、今のソフィアの心を慰める。自然と口元が緩んだ。確かに昨日から、ソフィアはずっと気を張っている。目を閉じると、思っていたよりも深い眠りが、ソフィアを誘った。





 目覚めると、窓から差し込む光は赤く染まっていた。眠り過ぎてしまったと、慌てて寝台を出て部屋の扉を開ける。


「おはようございます、奥様。お元気そうで良かったです」


 結婚してから増やされた侍女が、ソフィアに微笑みかける。カリーナはいないようだ。


「ありがとう、すっかり眠り過ぎてしまったわ」


「いえ、お元気なようで何よりです。旦那様は本日、お帰りが遅くなると伺っておりますので、お食事の用意をするよう伝えて参りますね。──あっ、カリーナもすぐに着替えを持って参ります!」


 一礼してぱたぱたと出て行った侍女を見送り、ソフィアは嘆息した。やはり、侍女とはいえまだカリーナ以外には気を遣う。


「ソフィア、お待たせ。着替え持ってきたわよ」


 侍女である慣れた友人の笑顔に、ソフィアも自然と笑顔になった。


「ありがとう」


「あら、随分と顔色良くなったじゃない。良かったわ」


 ぐっすり眠ったお陰で、確かに心の靄は晴れている。からりと笑ったカリーナに、ソフィアはまた救われたような気がした。





 日中ゆっくりと眠ってしまったせいで、夜になったのになかなか眠れない。スリーピングポーチのテーブルのランプを点けて、ソフィアは手元のハンカチに刺繍を入れていた。幸運を願ったクローバーの葉と花は、男が持つには、ましてギルバートが持つには少々可愛らし過ぎるようにも思う。いつもハンカチを贈ってきた。薔薇のデザインの物もあったが、基本的には男の人らしく騎士らしい物を意識して作っていた。


「──それでも、良いよね。一枚くらい」


 いつギルバートが戦地へ行ってしまうのか。そのとき共にいられないソフィアには、ただ信じて祈ることしかできない。どうか、ギルバートが怪我をせず、無事に戻ってきてくれるように。今夜は家に帰ると言っていたのだ。こうして待っていれば、きっと顔を見ることができる。

 丸い木枠に張ったハンカチに、ひと針ひと針を丁寧に刺していく。魔道具でないランプの明かりは弱く温かい色で、手元を控えめに照らしてくれる。レースのカーテン越しには、昨日よりも少しだけ欠けた月が柔らかな光を届けてくれていた。

 しばらく続けていると、寝室の扉が開く音がする。はっと手を止め、振り返った。


「──ソフィア、起きていたのか」


 優しい声がした。明かりを落とした寝室は、スリーピングポーチから離れるにつれて暗くなっていく。一歩、一歩とギルバートが近付いてくる度、少しずつその姿が明るく、表情が分かるようになってきた。穏やかだがどこか疲労の滲む笑顔に、ソフィアは胸がいっぱいになった。


「おかえりなさいませ……っ」


 針を生地に刺し、木枠を投げ出すようにテーブルに放る。駆け出したソフィアの肩からストールが滑り落ちた。ぱさりと軽い音がする。

 勢いのまま胸に身体を預けるようにぶつかると、ギルバートはソフィアの細い肩をしっかりと受け止めてくれた。慌てて抱き締めてくれる腕が、あやすようにソフィアの背を撫でる。不器用で優しい感触が愛おしい。


「どうした、何かあったか?」


 ソフィアはギルバートの胸元に顔を押し付け、否定の意味を込めて左右に振る。


「いいえ、何も……何もございません」


「すまない。私は、あまり察しが良くない」


 顔を上げると、心配そうな瞳のギルバートと目が合った。ソフィアは気付いて表情を緩める。


「ただ、少しだけ。寂しかっただけです。ご心配なさらないでください。──おかえりなさいませ、ギルバート様」


 ソフィアが微笑めば、ギルバートは相変わらずどこか心配そうにしながらも、優しく微笑み返してくれる。それが嬉しくて、ソフィアはぎゅうとギルバートの背に腕を回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✴︎新連載始めました✴︎
「初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです」
悪女のフリをしてきた王女と勘違い皇子のコメディ風味なお話です!
○●このリンクから読めます●◯

★☆1/10書き下ろし新刊発売☆★
「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り6」
捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り6書影
(画像は作品紹介ページへのリンクです。)
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ