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黒騎士様は令嬢を守りたい1

 マティアスがギルバートを伴って国王の執務室へ行くと、既にそこには国王とその側近だけでなく、近衛騎士団の団長、副団長と、各部隊の隊長クラスの面々が揃っていた。近衛騎士団第二小隊長のアーベルも、当然のようにそこにいる。ギルバートの入室に、アーベルはおやと僅かに片眉を上げた。


「マティアス、来たか」


「お待たせ致しました、父上。フォルスター侯爵の同席をお許しください」


 マティアスが一礼するのに合わせ、ギルバートは少し後ろでそれよりも深く礼をする。公式の場でない以上、正式な礼は不要だろう。国王は僅かに口角を上げた。


「隠しても不要であろう、許可する」


「ありがとうございます」


 ギルバートは改めて頭を下げた。当然ここにいる皆が、ギルバートの特殊性を、能力としても駒としても理解している。マティアスが頷いたのを合図に、ギルバートも皆の輪に加わった。


「──これまでの戦況について報告する」


 近衛騎士団長が話し始める。ギルバートは背筋を伸ばして、話に耳を傾けた。自身に与えられる役割を、確認するために。





 ソフィアに与えられたのは、一人で眠るには充分に広過ぎる客室だった。寝台はいつもギルバートと共に使っているものと同じくらいの大きさで、部屋はそれよりも大きい。

 気を遣ってくれたのか、あの後しばらくしてからソフィアを客室に案内すると、エミーリアは自室へと戻っていった。代わりに侍女が湯浴みと着替えを手伝いに来て、食事も部屋に運んでくれた。心の中がぐちゃぐちゃな今の状態で他人と関わらずに済むことは、ソフィアにとっては有り難かった。どうしても、楽しい会話に花を咲かせることはできそうにない。


「──ギルバート様」


 すっかり日も暮れて、透き通った窓の外に青白い月が浮かんでいる。ソフィアは藍晶石の指輪を付けた左手で部屋の明かりを小さくした。窓から差し込む澄んだ光が、より鮮やかになる。その色は、まだ肌寒い夜に相応しくどこか物哀しい色をしていた。

 ギルバートはきっと忙しくしているのだろう。詳しくは分からないが、話によると戦になってしまったようだった。マティアス付きの近衛騎士団第二小隊が深く関わるかは判断できないが、即戦力になり戦況を助けることもできる魔法騎士は、きっとすぐに現地に投入される。ソフィアには想像もできないほど、多くの仕事があるのだろう。

 月は独りのソフィアに酷く冷たい。寂しい、会いたい、不安で仕方ない。しかしその気持ちを言葉に出来る程、ソフィアは子供にも、世間知らずにもなれなかった。寂しいなど、言ってはいけない。不安など、悟られたくない。ギルバートは、国の為に命を懸けるのだから。そう考えるのも、きっとフォルスター侯爵家で受けた教育の賜物だった。そう思うと、ギルバートは、ハンスは、このような状況を予測していたのだろうか。


「ごめんなさい……私、もっと」


 強くならなければならないのか。賢く生きなければならないのか。──しかしどれだけ頑張っても、どれだけ学んでも、愛する人を笑顔で戦地へ送り出せる程強くはなれそうもない。カーテンを閉め、寝台に腰掛けた。眠れなくても横になるべきだろう。今、ソフィアの体調でギルバートに心配をかけたくはない。

 寝台は柔らかく、寝具は軽く温かい。横になって瞳を閉じて浮かんだのは、優しかった両親の後ろ姿だった。





 いつの間に眠ってしまったのだろう。そっと髪を撫でる感触が、ソフィアをゆっくりと現実に引き戻した。目を閉じたままでいると、それはソフィアの輪郭をなぞるように動いていく。少し冷たくて擽ったくて、思わず身をよじる。それは驚いたようにぴたりと動きを止めた。


「──ソフィア、起こしてしまったか?」


 まだ確信が持てないままなのか、いつもより柔らかく低い声が問いかけてくる。おずおずと瞼を上げると、微かな明かりで鈍く光る銀色がすぐ側にある。ソフィアの大好きな銀色だ。


「ギ、ルバート……様、ですか?」


 思っていたより弱々しい声になってしまい、ソフィアは眉を下げた。ギルバートの黒に近い藍色の瞳が、気遣わしげに向けられている。来てくれて嬉しい。怖くて寂しくて心細くて会いたくて、本当はもっと早く側にきて欲しかった。


「ああ。すまない、不安にさせた」


 そう言うギルバートは悔しそうに唇を噛み、眉間に皺を寄せる。冷たく見えるその表情が優しさ故だと、ソフィアには分かって切なくなる。


「いいえ、」


 言葉を切ると、右手を持ち上げて寝具から外へ出した。ひんやりとした空気が、肌を刺す。そのまま少し屈んでいるギルバートの頬に触れる。伝わる温度が愛おしい。


「──ギルバート様こそ、お疲れのようです。どうか……ご無理は、なさらないでくださいね」


 ギルバートの表情が強張って見えるのは、ソフィアの気のせいではないだろう。呑気に笑える状況ではないのは分かっているが、何か分からないものにギルバートが消費されているようで、繫ぎ留めるように頬を撫でた。離そうとした指先が、ギルバートの手によって引き止められる。触れる頬も手も冷たく、自身の手の温度との違いにはっとした。


「私はまた戻らなければならない。明日、共に家に帰ろう。それまで待っていてくれ」


 ギルバートは引き剥がすようにソフィアの手を握り、寝具の中へと戻す。温かなそこが、今は何故かソフィアの心を締め付ける。


「はい、……お待ちしております」


 ソフィアが素直に頷くと、ギルバートは安心したように表情を緩めた。その手が、ソフィアの両目を覆う。


「遅くにすまなかった。──ゆっくりおやすみ、ソフィア」


 導かれるままに瞳を閉じると、額に軽い口付けが落とされた。不安は消えないままなのに、すうっと心が軽くなるのを感じる。しばらくそのままにされた手に、ソフィアは自然と穏やかな眠りに落ちていた。

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