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令嬢と黒騎士様は日々を重ねる4

「さて、邪魔者もいなくなったことですし。ソフィアちゃんには聞きたいことがいっぱいあるのよ!」


 ソフィアはどきりと心臓が跳ねた音を聞いた。突然フォルスター侯爵家に転がり込んだ、男爵家の──今では犯罪者の縁者。王太子妃でありギルバートとは以前から馴染みのようだったエミーリアにとっては、言いたいことも聞きたいこともあって当然かもしれない。これまで仲良く振舞ってくれているとはいえ、内心でもそうだとは限らないのだ。ソフィアはぎゅっと両手を見えないところで握り締めた。


「──はい、何なりとお聞きください」


 ソフィアの覚悟と裏腹に、エミーリアは嬉しそうに笑い、ティーカップを置いて身を乗り出した。


「そう? なら、教えてほしいの。貴女、侯爵のどこが好きなの!?」


 ソフィアは礼儀も作法も忘れ、ぽかんと口を開けた。問いかけるエミーリアの瞳はきらきらと輝いていて、年齢の差を感じられない。


「……え?」


「だから、好きなところを聞いているのよ。貴女はとても可愛らしいし素敵な令嬢だと思っているわ。でも、侯爵はずっと氷のようとか、黒騎士だとか呼ばれて、怖がられてきたの。私、貴女が侯爵を好いてくれたことを奇跡みたいに思ってるの!」


 だから直接聞いてみたかったの、と言って、夢中になっている恥ずかしさから目を逸らしたエミーリアに、思わずソフィアの口角が上がる。


「それは、ですね──きっと、ギルバート様が、ギルバート様だったからです」


「あら、それはどういう意味かしら?」


「私が最初にギルバート様とお会いしたとき、私は彼に剣を向けられていたのです。そのとき、私は服も身体もぼろぼろで、お金も殆どありませんでした」


 今振り返ると、本当に、一歩間違えれば死んでいたと思う。助かったのは、ギルバートとマティアスのお陰だ。


「ええ、聞いているわ。前男爵も酷いことをするわよね。それに侯爵も、いくら森で見つけたからっていきなり剣を出すなんて」


「それは、お仕事ですから」


 マティアスと二人で馬を走らせていたのだ。突然現れたソフィアを警戒するのも、当然だったと思う。


「その後、殿下のご指示でフォルスター侯爵家にお世話になることになって──」


 突然抱き上げられたり、触れられたり、抱き締められたり。不器用で言葉足らずな優しさは、いつだってソフィアの傷付いた心を癒してくれた。落ち込む度、側にいて元気をくれた。急かすことなく何度も向き合ってくれた。

 思わず顔が赤くなっていくソフィアに、エミーリアは興味深げな目を向ける。


「あら、思い出して恥ずかしくなってしまったのね。本当、ソフィアちゃんって可愛いわ」


「そ、そんな。畏れ多いです……っ」


 ぱたぱたと手で顔を扇ぐ。まだ茶会は始まったばかりだ。これから何を聞かれるだろうかと、ソフィアは心配に思う。正気のまま、今日を終えられるだろうか。気さくに接してくれるエミーリアに感謝を感じつつも、ソフィアは次の質問に身構えるのだった。





「──殿下は相変わらずお強い」


「いや、ギルバートほど毎度接戦を強いられる相手はなかなかいない。楽しいよ」


 一方、ギルバートはマティアスと二人、紅茶を飲みつつチェスに興じていた。マティアスは、ソフィアと二人で話がしたいからとエミーリアにギルバートの相手を頼まれていたのだ。ソフィアから二人の馴れ初めを聞きたいとのことで、興味があったマティアスは二つ返事でそれを了承した。マティアスの方にも、ギルバートと二人きりで話したいことがあったのだ。


「左様ですか。ですが、今日はこの為だけに私を呼んだ訳ではないでしょう」


 ギルバートは小さく嘆息し、決着のついたチェスボードの上で、白と黒とを選り分け始めた。マティアスが休日をしっかりとるのは珍しい。そして、その日にギルバートを呼ぶのも珍しかった。何も言われていないが、何らかの事情があるのだろうと思う。


「──ギルバートの言う通りだよ。実は今日は、エミーリアに頼まれてね。ソフィア嬢と二人で女性同士の話がしたい、と」


 マティアスが片側だけ口角を上げ、歪んだ笑みを浮かべる。ギルバートは僅かに眉を顰めた。


「それは真実ですか」


「あまり人を疑うものではないよ、ギルバート。勿論真実さ。──ただ、それだけではないが」


 それが良い話ではないことは、マティアスの表情を見れば分かる。学生であった頃を除けば、ギルバートは数える程しかこの場所に来ていない。今いるのは、王族の生活空間の中でも、王太子の私的な執務室だ。そこは表には持ち出せない書類や資料も多くあった。余程でなければ、ギルバートでさえこの部屋に立ち入ることはない。


「やはりギルバートは察してしまうか。今日の話は、エラトスの件だ」


 マティアスの言葉に、ギルバートは両目を閉じた。想定していたことの一つではあったが、そうでなければ良いと心から願っていた。

 思い出すのは、いつかの取調べだった。王城の内務に潜入したエラトスの男。彼が流したギルバートについての情報は、フォルスター侯爵は猫を溺愛している、というものだった筈だ。あの頃猫を人かもしれないと疑われていたギルバートは、今、ソフィアと結婚したばかりだ。仲の睦まじさも貴族達の知るところとなっている。ということは、エラトスにも知られているだろうことは想像に難くない。

 ソフィアを巻き込みたくはなかった。覚悟を決めて、正面からマティアスの瞳を見る。片付けたチェスボードの上では、試合前の形で駒が整然と並んでいる。


「エラトスが、また何か仕掛けてきましたか」


 ギルバートは心を落ち着けて問いかけた。マティアスは小さく嘆息して、紅茶を一口飲んだ。


「何かを仕掛けている動きがあるから、ギルバートにも調査に出てもらおうとしたのだが……どうやら、遅かったらしい」


 部屋の外から、足音が近付いてくる。


「あれは、私の近侍の靴音だ。今日は緊急でなければここには近寄らないよう伝えている。──戦は、嫌いなのだが」


 マティアスがそれまでの親しみのある表情を王太子らしい無機質な笑みで覆い隠す。ギルバートはチェスボードの上で、黒のポーンを二マス進めた。マティアスもまた、白のポーンを進める。

 すぐに外側から扉が叩かれ、マティアスの返事を受け、慌てた様子の男が入室してきた。

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