表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
101/223

令嬢と黒騎士様は日々を重ねる3

「──やっぱり、王城って大きいですよね」


 フォルスター侯爵家の馬車からギルバートのエスコートで降りたソフィアは、目の前の大きな城を見て嘆息した。

 今日馬車を付けた場所は、広い王城の敷地の中でも城の奥、王族の個人的な建物に入る為の入口だ。夜会で呼ばれた時は、ここから中に入ることはない。


「そうだな。ソフィアはまだ慣れないだろう、大丈夫か?」


「緊張はしますけれど……今日は、少し楽しみです」


 ソフィアは背を伸ばしてふわりと笑った。

 今日ソフィアが呼ばれているのは、王太子妃であるエミーリアとの個人的な茶会だった。ギルバートも最初だけは挨拶をするものの、その後はマティアスに呼ばれているらしい。しかし相手がエミーリアだと分かっているのもあって、ソフィアはあまり不安はなかった。


「良かった。──何かあればすぐに呼べ」


「ふふ、ギルバート様。妃殿下とお茶をするだけですし。きっと何もありません」


「それでも、だ」


 ギルバートが、ソフィアの整えられた髪が崩れないように一度だけそっと頭を撫でた。ソフィアは軽く笑って、差し出された手に手を重ねる。衛兵が二人を見て、姿勢を正して扉を開けた。





 そこは美しい温室だった。エミーリアが自ら花を選び手入れをさせているようで、穏やかな光に包まれて様々な花が咲き誇っている。

 ソフィア達の到着を聞いて待っていたのだろう、先に座っていたエミーリアが立ち上がって微笑んだ。


「いらっしゃい、ソフィアちゃん」


「妃殿下、本日はご招待頂き、ありがとうございます」


 すぐに数歩歩み寄ったソフィアが、ギルバートの横で令嬢らしく礼をする。顔を上げ、思わず目の前のエミーリアに見惚れた。

 ドレスは鮮やかな青だ。夜会と異なり露出を抑え、上品にまとめている。同色に染めたレースが控えめに袖口や裾から覗いているのも美しい。そして何より、その衣装に負けない程透き通った白い肌と華やかな美貌。


「私こそ、急に招待してしまってごめんなさいね。ソフィアちゃんと、ずっとお話してみたかったの。そんな堅苦しくしなくていいわ、こちらへいらっしゃい」


 エミーリアは優雅に右手で自身の向かい側の席を指し示す。ソフィアは言われるままに更に歩み寄り、侍女が引いてくれた椅子に腰掛けた。ギルバートも隣に座る。


「貴女の今日のドレス、まるで妖精のようね。温室のお花が姿を変えて、私に会いに来てくれたのかと思ったわ!」


「そんな、私には勿体ないお言葉です……っ」


 ソフィアは咄嗟に頬を染めた。エミーリアの言葉は甘い。思わず酔いしれてしまいそうだ。

 今日のソフィアは、先日ギルバートに選んでもらったピンク色のドレスを着ていた。この茶会が決まってすぐに、これだけはとギルバートが製作を急がせたものだ。スカート部分には、妖精のように繊細な透け感のある素材が柔らかく重ねられている。


「ふふ、そんなことないわよ。そうだわ、この紅茶は私のお気に入りなの。どうぞ召し上がって」


 目の前に侍女がティーカップを置くと、花の香りが濃くなったように感じる。その芳しさにソフィアは小さく息を吐いて表情を緩めた。


「ありがとうございます、妃殿下」


「そんな。エミーリア、と名前で呼んでほしいわ」


「で、では。エミーリア、様……?」


 ソフィアが名前を呼ぶと、エミーリアは花が綻ぶような華やかな笑顔を見せる。ソフィアは恥ずかしくて僅かに俯いた。


「──あら、侯爵。まだいたの?」


 エミーリアはまるで今気付いたとばかりにギルバートを見て、驚いた顔をする。ギルバートは深く嘆息して、その顔に苦笑の表情を貼り付けた。


「妃殿下、お邪魔しております。あまり私の妻を籠絡なさらないでください」


「ギルバート様、何を……っ」


 ソフィアはその口振りが恥ずかしくて、慌てて隣に座るギルバートを見た。ギルバートは口元を引き結んでいる。それは不機嫌故ではなく拗ねている故なのだと、今のソフィアには分かった。


「あら、侯爵の猫ちゃんだもの。私が手を出せる筈もないわ」


「でしたら結構ですが」


「ふふ。あの侯爵がソフィアちゃんのことになると、こんなに分かり易いなんてね」


 エミーリアの揶揄いに顔を赤くしたのはソフィアだった。仕事をしている時のギルバートを、ソフィアはあまり良く知らない。最初にあの森で出会った時のような無機質さなら、それは確かにエミーリアの言う通り、珍しく見えるのかもしれない。


「妃殿下、あまり揶揄わないでください」


「──貴方、殿下に呼ばれているのでしょう? そろそろ時間よ。大丈夫、ここは安全だから。貴方が帰るまで、私はソフィアちゃんとゆっくりお話させてもらうわね」


 突然会話の内容を変えて、ね、と小首を傾げたエミーリアに、ギルバートは言葉を飲み込んだ。胸元から懐中時計を取り出して開く。確かに時間が近付いているのだろう、ギルバートは僅かに眉間に皺を寄せた。


「ソフィア、私は殿下の元へ行くが──」


「何かあればすぐにお呼びしますね」


 馬車を降りた時にギルバートが言った言葉をソフィアが繰り返すように言えば、ギルバートは安心したように表情を緩めた。


「ああ、行ってくる」


 ギルバートはハーフアップにまとめていたソフィアの髪をそっと掬い上げ、その先に触れるだけの口付けを落とした。驚きに目を丸くするエミーリアに構わず、ギルバートは立ち上がる。


「妃殿下、失礼させて頂きます。──この通り私は愛猫に夢中ですので、あまりちょっかいを出さないでください」


 生真面目な表情でギルバートが言ったその言葉に、ソフィアは顔を真っ赤にする。エミーリアは面白そうにころころと笑った。


「ええ、そうね。侯爵のそんな姿が見られただけで良しとしましょう」


 ギルバートは一礼して温室を出て行った。残されたソフィアは居心地の悪さを感じつつも、正面のエミーリアに向き直る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
✴︎新連載始めました✴︎
「初恋の皇子様に嫁ぎましたが、彼は私を大嫌いなようです」
悪女のフリをしてきた王女と勘違い皇子のコメディ風味なお話です!
○●このリンクから読めます●◯

★☆1/10書き下ろし新刊発売☆★
「捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り6」
捨てられ男爵令嬢は黒騎士様のお気に入り6書影
(画像は作品紹介ページへのリンクです。)
よろしくお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ