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令嬢は黒騎士様に拾われる9

 浴室を出たソフィアは、トランクから適当なワンピースに着替えた。薄茶色の長い髪は水に濡れて重く、丁寧に水気を取るのには時間がかかる。水滴が落ちない程度に拭うと、タオルを肩に掛けた。木箱と魔石をポケットに入れて扉を開ける。扉の前には、踵の無い室内履きが置かれていた。用意してくれていたのであろうそれに足を通した。扉が開けられたままの隣室から、数人の会話が聞こえてきている。


「──こっちに」


 扉が閉まる音に気付いたのか、ギルバートの声がソフィアを呼んだ。ソフィアは迷った末にトランクを部屋の隅に置き、声のする方へと向かった。歩く度に鳴る小さなぱたぱたという音が頼りなく聞こえる。そこでは、ギルバートが白衣を着た中年の女と話しているようだった。ソファーに向かい合い座っている。先程まではいなかったメイドが一人、端に控えていた。ソフィアが部屋に入ると、すぐに二人の会話は止められ、複数の目が向けられた。


「あの……ありがとうございました」


 気まずさから慌てて頭を下げるが、ギルバートからの返事はない。不安になりおずおずと姿勢を元に戻すと、ソファーから立ち上がったギルバートがソフィアのすぐ側に歩み寄ってきていた。背の高いギルバートに見下ろされると、圧迫感がある。


「──髪が濡れている」


 ギルバートは不意に右手でソフィアの濡れ髪に触れた。長い指が髪を梳く。突然近付いた距離と耳元を擽る低い声にたじろいだソフィアが思わず足を引いた瞬間、ソフィアのすぐ前でギルバートの白金の腕輪が淡く光り、ソフィアは目を瞬かせた。


「──……っ……」


 ソフィアが柔らかな温かさに包まれたかと思うと、ギルバートはすぐに手を離す。濡れていた髪はもうすっかり乾いていた。ソフィアは不要になったタオルをぎゅっと握り締め、ギルバートを見上げた。

 それは、ソフィアが初めて見る魔法だった。ソフィアの家族は皆当然のように魔力を持っていたが、魔法を使える才能のある者は周囲にいなかった。幼い頃、家庭教師に学んだ魔法というものは、もっと物騒なものだったように思うが、こんな使い方もできるのか。


「──すごい、すごいです……っ」


 ソフィアは思わず子供のように声を上げる。これまでと違う理由で頬が染まった。ソフィアの瞳は、きらきらと輝いている。ギルバートはソフィアの反応に驚いたように目を見張った。固まっているギルバートに、ソファーに座ったままの女が笑い声を上げる。


「これはこれは──泣く子も黙る魔法騎士も形無しですね」


「煩い。それより、早く診察を」


 女に向き直ったギルバートは、短い言葉で言い返す。ソフィアは自らの大人気ない行動に、はたと気付き恥ずかしくなった。スカートを掴み俯くと、面白さを隠し切れていない女の声がかけられた。


「──お嬢さん、私は殿下から診察を任されて来ました。こちらに来て、怪我の様子を見せてくれませんか?」


「そ、そんなっ!あの──私、ただのかすり傷です」


 マティアスは、わざわざソフィアのために医師を遣わしたのか。丁重に扱われることに慣れていないソフィアは、助けを求めるようにギルバートを見た。


「見てもらえ。私の魔法で怪我は治せない」


 問題はそこではないと言いたい気持ちを飲み込み、ソフィアは遠慮がちに頷く。ギルバートは安心したように嘆息した。





 診察を終えたソフィアの手足には、軟膏が塗られ、あちこちにガーゼが貼られていた。日に一度は取り替えるようにと指導され、診察のために座っていたソファーでソフィアは頷く。ギルバートがソフィアに向ける目が辛そうで、何故そんな顔をするのだろうかとソフィアは不思議に思った。


「食事を用意している。私は仕事に戻るから、この部屋で休んでいろ」


 ギルバートは医師と一緒に部屋を出て行く。ハンスもそれについて行き、部屋の主人のいない空間にソフィアとメイドの二人だけが残された。


 やがて運ばれてきたのは、小さく切ったパンが浸されているスープだった。食欲をそそる匂いに、ソフィアは昨日から何も食べていなかったことを思い出す。厚意に甘えて良いものかと悩みもしたが、空腹には逆らえなかった。スプーンで一匙掬って口に運べば、ソフィアを気遣ってくれたのか、優しく柔らかな味が口の中に広がる。内側から感じる温かさに、強張っていた身体と心が少しずつ解れていくような気がした。


「お済みでしたらお下げ致します」


 食べ終えて一息つくと、控えていたメイドに声をかけられた。ソフィアは頭を下げる。目が合ったメイドは微笑みを浮かべた。


「──あの、ありがとうございました」


「いえ。お食事が終わりましたら、お休み頂くようにと申し付けられております」


 自然な仕草でソフィアを導こうとするメイドについて、ソフィアは立ち上がり歩を進める。満たされた胃と温かさに、何も考えられず、ふわふわとした気持ちだった。これからのことは休んでから考えようと気を取り直し、ギルバートの優しさに甘えることにする。


「ごゆっくりお休みくださいませ」


 ソフィアの背後で、ぱたんと音を立てて扉が閉められた。その音にはっと正気を取り戻し、ソフィアは目の前の光景に困惑する。そこは先程ソフィアがトランクを置いたままにしていた場所──浴室の隣、ギルバートの寝室だった。

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