第9話 朝倉が来ていない……!?
二時間目の途中で。
俺は昨日と同じように教室の後ろから静かに入室した。
事前に親が学校に連絡を入れていたこともあり、誰も何も言わない。
そのまま黙って、自分の席へと向かう。
ふと、福田が俺の服の裾を掴んで引き止めてくる。
少し怒ったような声で、
「マジお前どっか悪いだろ?」
悪くねぇって。
「遅刻の理由はなんだよ?」
寝坊。
「……嘘ついてねぇよな?」
いや、マジだって。
福田が無言で手を離してくる。
そのまま俺は黙って自分の席に座ると、鞄を床に置き、鞄の中から筆記用具や教科書を取り出していった。
そんな時、背後からシャーペンが突き刺さる。
「もうすぐ授業終わるぜ」
……。
ぽつりと言う福田の声とともに、チャイムが鳴り響く。
はぁ。
俺は溜め息を吐いて、取り出したばかりの教科書やノートを机に入れた。
教師が授業の終わりを告げて教室から出て行く。
休み時間となり、生徒達が自由に席を離れて動き出す。
俺は後ろに座る福田に向けて、振り向かずに背中越しから手を差し出す。
悪い、福田。ノート貸してくれ。
「五百万だ。ツケが溜まるばっかだな」
気が向けば払う。
受け取って。
俺はノートを広げて、自分のノートにその内容を書き写していった。
ふいに、ミッチーが俺の傍に歩み寄ってくる。
隣の空席の椅子に腰掛けながら、
「なぁ、お前また遅刻なのか?」
あぁ。寝坊したんだ。
ノートに視線を落としたまま、俺は素っ気なくそう答えた。
「マジでどっか悪いだろ?」
悪くねぇって。
次いで、上田と柏原がやってくる。
「なぁ、お前ほんと大丈夫なのか?」
「絶対どっか悪いだろ?」
悪くねぇって、だから。
何度も繰り返す言葉。
いくら平静を装っても、心の中身が声になって現れる。
俺は正直、少し苛立っていた。
福田がぼそりと言ってくる。
「今まで一度も遅刻しなかった奴が、退院後にいきなり何度も同じ時間に遅刻してくると、何かあるって普通思うだろ。
オレ達の言ってること、何か間違ってるか?」
ポキッと。
鋭い指摘に動揺して、俺のシャーペンの芯が折れる。
……。
再び平静を装い、カチカチと。
俺はシャーペンの芯を押し出してノートに向かう。
するとミッチーが何を思ってか、俺の前に回り込んできて正面から俺の顔を覗き込むと、そのまま真顔で問いかけてくる。
「お前さ」
何?
「今日、顔色悪くね?」
え? マジで?
俺は慌てて顔をごしごし拭いた。
そんなはずはない。
薬はちゃんと飲んできたし、母さんも何も言ってこなかった。今朝はたしかに元気だと思ったし、気分悪いとか体がだるいとかそんな何も症状は……
──いや、自分で気付いていないだけか?
たしかに今朝はおっちゃんに話しかけられたし、まさか、そんな……!
焦る俺の様子を見て、ミッチー達が安堵の息を吐いてくる。
え? な、なんだよ?
俺は理解できずに友人達の顔を見回した。
ミッチーが言ってくる。
「お前ってさ、すげーわかりやすい」
な、何が?
福田が笑ってくる。
「反応がさ、すげーわかりやすい。絶対嘘つけない性格だもんな。嘘ついてもわかりやすいっつーか。
本当に具合悪い時は、お前目も合わさず真顔で“大丈夫”とか“平気”しか言わないもんな」
「誰だよ、UMAが昼間に薬飲んでるって言った奴」
「上田じゃね?」
「いや、だって、見たんだよオレ。UMAが飯食った後にどっか行くから黙って跡つけて行ったら、なんか壁の隅辺りで、なんか、こう、飲んでる風に見えたっつーか」
「完全に見てねーじゃねぇかよ、それ。風に見えただけだろ」
「いや、だって、チラッと見て──」
「チラ見で女子のパンツのメーカーまで分かれば苦労しねぇよ」
「お前声でけぇーって。矢沢たちがこっち睨んでんぞ」
「おっと。女は怖ぇー怖ぇー」
いつもの談笑。
友との会話。
ふと、ミッチーが俺の肩を軽くポンポンと叩いてくる。
「安心した。大丈夫そうだな」
え、あ……まぁ、それは、大丈夫。うん。
俺はぎこちない笑みを浮かべて動揺ながらに頷いた。
ミッチーが時計へと目をやる。
「あ、もうチャイムが鳴るな。次の授業ってなんだっけ?」
「英語」
「英語」
「あーブンブンの授業か」
「あ! ──ッやっべ! オレ、宿題やってねぇの思い出した!」
「またかよ、上田」
「それやべぇって。ブンブンの奴、今日絶対お前狙いで当ててくるぞ」
「マジかよ、どうしよう! あぁ、ミッチー! どうか神様、ミッチー様。恵まれないオレに宿題を写させてくだせぇ!」
「もうチャイム鳴るぞ。今からどう頑張っても無理だろ。時間ねーし。諦めろよ」
「頼む、ミッチー様! どうか!」
「じゃぁ一問だけ見せるから、それ暗記しろ」
「上等!」
「いや、お前ら。それ一問だけに賭けるってどうよ? 他出たらアウトだぞ」
「上等! オレ、運が良いんだ」
「嘘つけ」
「あ、UMA。お前は?」
いい、大丈夫。宿題はちゃんと終わらせてる。
ワイワイと語り合いながら、ミッチー、上田、柏原と。それぞれが席に戻っていく。
そんないつもと変わりない友人達の姿に、なんだか元気を分けてもらった気がして。
俺の頬が自然と綻ぶのを感じる。
そして上機嫌にシャーペンをノートの上に走らせていった。
三時間目のチャイムが鳴り。
教師がいつものように教室に入ってくる。
「お前らー、席に着けー」
バタバタと。
慌ただしく生徒達が席に着き始める。
すると上田が頭を抱えて悲鳴をあげた。
「うげー! 先生、来るの早すぎだろ!」
「上田。お前まさかまた宿題を──」
「待って! 待って先生! ちょっとだけ待って! せめてあと一分! あと一分だけでも待って! オレ今から全力で暗記するから!」
「暗記って、お前なぁ……」
呆れたように教師が溜め息を吐く。
教室に笑いが起こり、そしていつも通りに授業が始まった。
※
授業が終わって。
教師が授業の終わりを告げて去っていく。
それと同時に俺は、ぐるりと体ごと後ろを向いて、福田に真顔で話しかけた。
なぁ、福田。
「何? UMA」
今更気付いたんだけど、朝倉って今日休みなのか?
ブッ! と。
福田が盛大に噴き出す。
「今かよ」
詳しく言えば、三時間目が始まった時からすげー気になってた。
福田が手を振って半笑いする。
「いやいや、お前どんだけ鈍感なんだよ」
ふと会話を割いて。
ミッチーが「よぉ」と声をかけてきて、俺の隣の空席に座った。
そのミッチーを指差して、福田が俺に言ってくる。
「──ってか、この時点だ。三時間目が始まる前の休み時間で、ミッチーがそこに座った時点でフツー気付くだろ?」
「ん? 何? どした?」
「UMAがさぁ、天然なんだよ」
「UMAは不思議系だろ」
「いや、そうじゃなくて」
俺はミッチーに顔を向けて尋ねる。
なんで朝倉の奴、今日学校に来てないんだ? 休みなのか?
「風邪」
え?
「そう思うだろ? フツーそう思うだろ?」
まぁ……うん。
俺は素直に頷きを返した。
「福田、お前はどう思う? 朝倉って本当に風邪だと思うか?」
「……」
福田が渋るような表情を見せる。
そして教室を見回し、上田と柏原を見つけて呼び寄せる。
「上田、柏原」
名を呼ばれ、自席で勉強していた上田と柏原がこちらに振り向いてくる。
福田は二人を手招いて言う。
「集合だ」
その声に、上田と柏原がやってくる。
集まったところで。
福田が深刻な顔して机に両肘をつき、両手を組んでその上に顎を乗せる。
まるで何かのSFロボアニメの司令官を真似るかのように。
「すでにオレの答えは決まっている。だが、みんなの意見も聞きたい」
すると上田がハイと挙手をした。
「来たばかりで意味が分かりません、司令官殿」
……。
仕方なしに俺が代わりに事の説明をする。
朝倉って風邪なのか? 昨日は普通に学校に来てたし、帰りもそんな──
言葉半ばで、ミッチーが真顔で口を挟んでくる。
「なぁ。今日みんなで朝倉ん家に行かないか?」