第6話 部活動の意義
放課後。
俺と朝倉は、部室──という名の理科室に集合した。
生き霊が怖かったからだ。
茜色の夕日が差し込む放課後の理科室は本当に物悲しい。
その部屋の中央となる席に、俺と朝倉は二人でちょこんと授業スタイルで座って待っていた。
そこに、白衣に眼鏡姿といった理系女子なる格好で颯爽と登場した黒江。
使いもしない教鞭を片手に得意げになって振りながら、教壇を歩き、俺達に言う。
「あなた達に一つだけ、言っておきたいことがあります」
……。
俺も朝倉も、なんとなくわかっていた。
だからこそ、俺達は澄んだ笑顔で先に言う。
廃部、ってことですよね? 俺達二人しかもう部員居ないし。
「三年って受験でもう部活来れねーじゃん。綾原も転校したし、部員もオレら二人だけだし。解放だよな?」
ニヤリと黒江が不気味に笑う。
「──と、あんた達が言ってくるだろうと思って、先に手を打ちました」
言って、四枚の入部届けを懐から出して、バンと俺達に突きつけるようにして見せてくる。
「帰宅部一年生四名を確保。計六名で部は存続です。諦めなさい」
「なッ──!?」
なんだと!?
あまりにも用意周到すぎる黒江の行動に、俺達は愕然と言葉を失った。
黒江がコホンと軽く咳払いしてくる。
入部届けを懐に仕舞い、教鞭を振りながら告げる。
「あなた達二人に言っておきたいこと。それは我が部に何の実績もないことよ。
輝かしい実績……。
目が眩むほどの輝かしい実績……。
輝かしい……。
そう! それは金!
先生はまだあの百万円を諦めたわけではありません!」
結局金かよ。
「諦めろよ、黒江」
「百万円のことは一旦横に置くとして──」
言って、黒江は空気箱を横に流して話を続けてくる。
「今日から二年生を中心とした新たな活動を始めたいと思います」
いや、遅ぇーだろ。
「もう夏過ぎてんぞ、黒江」
「黙りなさい、あなた達」
図星を突かれてか、黒江が教卓を叩いて一喝する。
「とにかく。あなた達二人が中心となって、これから新たな活動をスタートさせます」
新たな活動と言われても……。
俺と朝倉は辺りを見回す。
他に誰がいるわけでもない。
「一年四人はどこ行ったんだよ? 部活来てねぇーじゃん」
その言葉にキッと、黒江が鋭い視線を俺達に向けてくる。
「あなた達には【先輩】という自覚がないの?」
「は?」
え?
俺達は目を点にする。
「いい? もしこの場に一年生が参加していたとしましょう。
期待と憧れを胸に抱いて、『この部はどんな部活なのかなぁ? 楽しみだなぁ。あ、先輩方が活動していらっしゃる。ス・テ・キ』なんて妄想していると思うの。その四人の後輩達の目に映る二人の先輩の姿──」
黒江がビシッと俺達に指を突きつけてくる。
「そう! あんた達二人のことよ!
三年生無き今、仮にもあなた達はこの部を背負うリーダーであり、後輩達を指導していかなければならない先輩の身でもあるのよ!
それなのに、こんな……先輩達の醜態を目の当たりにして、後輩達はどんなに嘆き悲しむことか……」
言って、黒江はポケットから出したハンカチを目の淵に当てた。
……。
それを見て俺は、静かに挙手をする。
あの、黒江先生。オカルトに憧れる一年生って、将来的に色々と問題があると思うのですが……。
次いで朝倉も挙手をして発言する。
「先生。その一年生には早く現実の世界を自覚させた方が本人の為だと思います」
「あなた達、オカルトをなんだと思っているの?」
え? 幽霊とか怪談話とか都市伝説とか?
「魔法とか怪奇現象だよな?」
黒江がビシッと俺達に向けて指を突きつけてくる。
「正解。さすがはオカルト部の二年生ね。できればUFOやUMAも入っていたらパーフェクトだったんだけど」
「……」
……。
俺と朝倉は互いに顔を見合わせた。
そして同時に肩をすくめて“やれやれ”とお手上げして溜め息を吐く。
黒江が教鞭をボキリと折った。
「腹立つわね、あんた達。
まぁいいわ。そのくらいの反応の方がやり甲斐があるから」
言って、黒江は何を思ってか、急に隣の部屋に移動したかと思うと、その部屋からノートパソコンを持ち出してくる。
そして教卓の上でノートパソコンを開き、何やらカタカタと打ち始めた。
「いい? あなた達。
もし、この話オカルトが現実になるとしたら──どう思う?」
オカルトが……現実に?
「そう。上田君から話を聞いたわ。知らないホームページに繋がったり、それを通じて直接幻聴じみた声が聞こえてきたり、課金もしていないのに変に深くネットゲームに依存したり。
そんな症状が現れたら【ブラッディ・ゲーム】を疑うべきね。あの都市伝説は裏社会では有名な話よ。死人が出てるって話なんだから。
──まぁ、都市伝説だし、どこまで本当かは分からないけど」
ふいに。
朝倉が真顔でぽつりと呟く。
「【ブラッディ・ゲーム】……」
「朝倉君。今の言葉、もし心当たりがあるのなら私に手を貸しなさい」
俺は真顔で呟く。
……手を貸す? いったい何の為に?
「あんた達、ちょっとここまで来なさい」
「……」
……。
黒江に手招かれ、俺と朝倉は互いに顔を合わせてしかめて後、席を立って黒江のところへと歩み寄った。
ノートパソコンを覗き込む。
そこには英文で書かれた小難しい文章が、空白を埋め尽くさん限りの長文となって堅苦しく綴れていた。
俺は黒江に訊ねる。
今から何かの仕事ですか? 先生。
「英語できたのかよ、黒江」
フフと黒江が得意げに笑ってくる。
「教師をバカにしないでもらいたいわね」
「──で、いったい何してんだ? 黒江。ただの自慢か?」
「見て分からない?」
始末書ですか?
俺の言葉に黒江が半眼で言い返してくる。
「言ってくれるじゃない」
え、違うんですか?
「論文よ、論文」
「論文?」
論文?
俺と朝倉は同時に首を傾げて言葉を返した。
黒江がパソコンの画面を指で示しながら言う。
「アメリカのサークルに、オカルト学を真剣に研究している人たちがいるの。私もそのサークルの一員よ。
みんな世界各国に拠点をおいて、それぞれの仕事の傍ら、こういう研究を続けているの。
この【ブラッディ・ゲーム】都市伝説の確証を掴んで論文にまとめれば、それが学会に発表されて、未来は飛躍的な一歩を踏み出すわ」
「飛躍的?」
未来が?
「そうよ。この論文を通じてオカルトが注目されれば、魔法や魔術、UFOを馬鹿にしていた人たちが狂ったように掌を返してくるでしょうね。
中世じみた原始的な魔法理論じゃなく、現代の科学技術をもって生まれた新たなる魔法学──。
それは世界中の誰もが魔法を使えて当然の時代。新しい時代がやってくるってことなのよ。
想像しただけでも素晴らしいと思わない?」