第43話 タイム・ラグ
展望デッキに設置された長椅子に腰掛けて、俺はフィーリアと二人きりで隣り合った。
もちろんフィーリアのことは警戒している。
素性も知らないし、もしかしたら他に仲間がどこかに潜んでいるかもしれない。
いつでも逃げ出せるようにはしていた。
けど、危害を加えてくる様子が全くないフィーリアに、俺もそこまで強く警戒を持たなかった。
一度会ったこともあったし、彼女が無害だと信じていたからかもしれない。
俺はフィーリアに訊ねる。
俺に渡したいモノって、何?
「……」
するとフィーリアは、黙して片掌を少し高く持ち上げ、そっと目を閉じた。
呪文らしき言葉を唱える。
「月の雫よ」
ぽぅ、と。
フィーリアの掌に宿る立体的なミニ魔法陣。
まるでCGを見せられているかのような不思議な心地で、俺は食い入るようにそれを見つめて思わず感嘆の声を漏らした。
うわ、すげー。魔法だ……。
するとフィーリアが目を開き、俺を見つめて不思議そうに小首を傾げた。
「この世界で魔法を見るのは初めて?」
俺はハッとして、慌てて身を引く。
あ。いや、初めてっていうか、何度か見たことはあるんだけど、そういう優しい魔法もあるんだなって。
「……」
ち、違うんだ、ごめん。その、簡単とかそういう意味じゃなくて、なんていうか、こう……なんていうんだろう。雪みたいにふわっとしているというか。魔法使いの女の子なんだなぁって、なんか、その……うん。
「……」
えっと……。
ほんと、何か言ってほしい。
話し辛い感じになって、俺は言葉を濁す。
怒っているのか、それとも気にしていないのか。
感情が見えないその表情からはフィーリアの気持ちがよく分からず、彼女と会話をしようと思った自分を少し後悔した。
彼女とは仲良くなれそうな気がしない。
敬遠気味に、俺は彼女から少し離れる。
そんな俺を素っ気なく無視して、フィーリアは魔法陣へと視線を戻した。
魔法陣が彼女の掌の上で光の砂流となって形崩れ、掌に降り積もる。
すると何を思ってか、その小さく降り積もった白い砂山をフィーリアは俺に“どうぞ”とばかりに差し出してくる。
俺は戸惑った。
え? な、なに?
「あなたの手、貸して?」
俺の手を?
「そう」
……。
言われて、俺は素直にフィーリアに片手を差し出した。
フィーリアが俺の片手を取り、その手の中に白い砂山を流し込んでくる。
いや、あの……。
俺はさらに混乱し、戸惑った。
断ることもできずに、されるがままに小さな砂山を掌に受け取って。
俺はフィーリアに尋ねる。
これ……いったいどうすれば?
「……」
答えず。
フィーリアが黙って俺の片手を両手で優しく包み込んで重ねてくる。
俺はただただその様子を見つめることだけしか出来なかった。
混乱していたせいかもしれない。
戸惑う俺に、フィーリアがそっと顔を近付けてくる。
気配を感じて俺は反射的に顔をあげた。
俺の目を覗き込むようにして優しく見つめてくるフィーリア。
魅力的で真っ直ぐな眼差し。
俺は呆然とそれを見つめる。
間近に迫るフィーリアの美人できれいな顔。
キスしてしまいそうな距離で寸止めしてくる彼女。
俺もその魅惑に引き込まれるようにして思わず顔を近づけ──
え、ちょっ、ちょっと待ってくれ。
寸前のところで俺はハッと冷静になり、慌てて顔を引いた。
彼女に何しようとしているんだろう、俺は。
動揺を隠し切れず、俺は顔を紅潮させて背ける。
ついでに距離を置こうとしたが、片手は彼女に握られたまま。
「ねぇ、こっちを見て」
彼女の優しい言葉が俺の判断を鈍らせる。
言われるがまま反射的に、俺は彼女へと顔を向けた。
その一瞬の隙を突かれ──。
顔を近寄せてくる彼女に抵抗する間もなく。
彼女の唇が俺の唇に触れた。
ほんの数秒だったと思う。
けど、俺にはその時間が止まっているようにも感じた。
彼女の唇がゆっくりと離れていく。
……。
俺は何が起こったのか理解できず、頭を混乱させた。
何度か瞬きながらに彼女を見つめる。
どう言葉にしていいのか分からなかった。
すると。
彼女が顔色一つ変えずに、俺を上目遣いで見つめて言ってくる。
「あの時みたいに、もうログアウトはしないのね」
──!
その瞬間、一気に冷静を取り戻した俺は、空いた片手の甲で自分の唇を拭った。
そしてフィーリアの手を激しく振り払う。
言葉無く俺は黙って席を立つと、元居た場所へと向かって歩き出した。
その背にフィーリアが声を掛けてくる。
「きっとそれはあなたの役に立つと思うわ」
……。
俺は足を止めた。
背を向けたままで言葉を返す。
なんでこんな事を平気で──
「その手の中を見て」
……。
言われて俺は、ようやく自分の手の中に違和感を覚えた。
さきほど渡された手の中の砂。
しかし手を開いて見て、俺は驚く。
その手の中にあったのは砂ではなく、一つの腕時計だった。
え! これ、俺の腕時計──……どうして!?
振り返った時にはすでに。
フィーリアの姿はそこにはなかった。




