↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/40

第39話 魚の魔物、襲来!


 たしかに奴は化け物並の魔物だった。

 それは同時に、俺の記憶に残る史上最大級の厄災でもあった。

 白狼竜との違いが分からないと言った過去の自分をぶん殴ってやりたい。


 俺は急いで部屋を飛び出すと、猛ダッシュで通路を駆け出した。

 ──が、途中で躓いて床に転んでしまう。


『お、お、お』


 ミニチュア・ジュゴンが頭から落ちて、ぬいぐるみみたいに床に転がった。

 それを慌てて拾い上げて頭上に戻し、俺はすぐさま立ち上がる。

 俺の中のクトゥルクの力が“奴と戦え”と騒ぎ出す。


 死にたくない! 戦ってやる!


 俺の考えに迷いはなかった。

 周囲に視線を走らせると、すぐに視界に飛び込んできた非常時用の【壁掛けバール】。

 それを無我夢中で壁から取り外し、竹刀のようにしてバールを下段に構えた。

 振り向いて奴を迎え撃つ。

 奴はもうすでに俺の目前まで迫ってきていた。余裕の笑みを浮かべながら、


「あらやだわ、この人間。私と戦ってくれるの? なんて嬉しい」


 ──ッ!!


 俺の全身が一瞬で総毛立った。


 なんなんだ、コイツは!


 すると奴が頬に手を当て、くねくねとデカい長身をよじらせて喜んでくる。


「きゃぁ、嬉しい。私に向かってきた人間はあなたが初めてよ。他の人間はみんな腰を抜かして逃げ出しちゃうからつまらなかったのよね。すぐ死ぬし。

 あーぁん、なんだか私の体が火照っちゃう。なんなの、この気持ち。すごくドキメギしちゃう。

 あなたにだけはじっくりと愛情こめてじわじわとなぶり殺してあげようかしら」


 俺の背筋を寒々しい何かが一気に駆け上がってきた。

 内心で叫ぶ。


 おっちゃん!


『な、なんだ?』


 なんかアイツ、すごくおっちゃんに似てる!!


『どこがだぁーッ!?』


 あの言い方、俺知ってる! 聞いたことある! 俺の中のデジャヴ感がハンパない!!


『やめろ、違う! 一緒にするな! 俺は断じてあの領域には達していない! 全人類を敵に回してでも俺は全力で否定するぞ!』


「さて、と。喜びはこの辺で終わりにして」


 奴の表情から笑みが消える。

 殺気立った鋭い目で俺を睨んでくる。


「気分が良いから少し遊んであげる。んーぅ、そうね。テン・カウンターでどうかしら?」


 テン・カウンター?


 俺は内心でおっちゃんに尋ねる。


『言葉通り十回斬り刻みながら殺す戦法だ。瞬殺せずに遊んでくれるそうだ』


 いや、待って。つまりそれって──


『なぶり殺しだ』


 嫌だぁ! 瞬殺してくれ!


『これは願ってもないチャンスだ。これはつまり最初の一攻を手加減してくれるってことだ。こっちから遊んでやれ』


 遊ぶって、俺が?


『そうだ。お前の方が遊ぶんだ。軽く相手してやるだけでいい。最初の一攻は気持ちを楽にリラックスして受け流せ。

 絶対に本気を出すなよ。奴が戦いにノってきたら止められなくなる』


 相手は殺すつもりで来るんだぞ!? リラックスなんて出来るかよ!


『大丈夫だ。お前にはクトゥルクがある。余裕を持って迎え撃て。──戦い方はお前の体が知っている』


 またそれかよ!


『油断するな、来るぞ!』


 ──!


 一瞬にして空気が張り詰めた。

 ハッと気付けば俺のすぐ傍まで奴が間合いを詰めてくる。

 反射的に俺は手持ちのバールを縦に構え直した。

 間髪置かず、奴の攻撃が来る。

 まずは一攻。

 奴が右腕を振るってくると同時、鋭い一刃が風を斬り裂いた。

 鳴り響く甲高い金属音。

 目の前で火花が散る。

 奴の手が俺の持つバールに当たったのだ。

 いつの間にか奴の両手は、鋭利な水掻き手に変化していた。

 水掻き手が武器となり刀身となって俺に襲いかかってくる。

 めちゃくちゃ重い斬撃だった。

 一攻を防がれ、奴の表情に動揺が走る。

 だが偶然だと思われてか、すぐに奴は感情を消して攻撃を開始してきた。

 連続で斬撃が来る。

 一撃、二撃と。

 縦横斜めに、斬撃はランダムに繰り返された。

 戦いに不馴れな俺は、勘に任せて動くしかなかった。

 攻撃の方向性に合わせ、防ぎ、受け流す。

 けして奴に攻撃はしない。

 しないというより攻撃を防ぐだけで精一杯だった。

 バール一本だけで冷や汗ながらに防衛を粘り続ける。

 はっきり言って、奴の繰り出す一撃一撃が重すぎる。

 腕は疲れるし、バールを弾き飛ばされそうになるし、なによりこのバール大丈夫なのか!? 折れたら俺はどうすればいい!?

 正面から放たれた最後の一撃をバールで受け止めた後──。

 奴の動きが急に止まった。


「……」


 ……。

 え? な、何? 終わりか? いったい何が起こった──いぃぃっ!?


 俺は周囲を見回し、ようやく気付いた。

 攻撃の余波なのか周囲の壁に無数に付けられたら斬撃の傷跡。

 しかも俺の近くの鉄パイプまでもが真っ二つに斬られている。

 こんな攻撃をスパッと体で受けていたらと思うと、怖さで震えが止まらなかった。

 最後の一撃をバールにカチ合わせたまま。

 奴が俺のことをじっと見つめてくる。

 真顔がすごく怖かった。

 ほんの少しの隙を見て、俺はバールが折れそうにないか目で確認する。


 ……良かった。まだ折れそうにないな。それどころか傷一つつかないなんて。この世界のバールはダイヤモンドか何かで出来ているのか?


 そう油断していた時だった。

 頭の中でおっちゃんが叫んでくる。


『集中を切らすな! 来るぞ!』


 同時にカチ合わせた手はそのままに、奴の空いたもう片手が真下から襲いかかってくる。

 咄嗟に俺は反射的に奴のカチ合わせた手を振り払い、バールの端と端に両手を持ち替えて水平に構え、真下から来る重い攻撃を受け止めた。

 ジン、と。

 痺れるような振動がバールを伝って俺の手に伝わってくる。


 良かった、防げた。


 その一瞬の安心が俺の気持ちを緩ませた。

 次の瞬間!

 奴の次なる攻撃──振り払われた片手が、隙だらけとなった俺の顔面に襲いかかってくる。


 しまったッ!


 両手がバールを持っていて使えない。

 俺は覚悟を決めてきつく目を閉じた。

 フッ、と。

 一瞬の風が俺の顔に当たって止まる。


 ……?


 いつまでも攻撃がこないことに不思議に思った俺は、恐る恐る目を開いていった。

 そこにピンと。

 奴の元に戻った人間の指先が、俺の鼻頭を軽く弾いてくる。

 俺は慌てて鼻頭を片手で覆った。


 ……痛い。


 奴がくすくすと笑ってくる。


「なかなか面白い人間ね。ここまで私の攻撃を防いだのはあなたとクトゥルクだけよ。

 あ、そうそう例外が一人居たわね」


 ……。


 奴が“どんだけー”とばかりに人差し指を振ってくる。


「それにしても、ちょっとそれおかしいわよ。あなたのそのバール。

 私の攻撃はオリハルコンをも両断できるほども威力があるのよ? それなのに、そんな安物の鉄のガラクタごときが斬れないなんて、そんなのおかし過ぎるわよ! 絶対おかしい!!」


 いや、おかしいとかそんなことを言われても……。


 俺は返答に困った。

 すると奴が何かに気付いてか、俺の手からバールを奪い取る。


「ちょっと貸しなさいよ、これ」


 あ。


『オイ! 何盗られてんだ、取り返せ!』


 盗られた……。


『いいから取り返せ! 丸腰で奴と戦う気か?』


 無理。色々と無理。


 俺は首を横に振った。

 ふと何を考えてか、奴が突然バールを両手に持ち替え、それを男力で“フン!”と鼻息荒く太ももに打ち当ててへし折った。

 俺はびくりとする。

 折れたバールを目前に掲げて見つめながら、奴がまじまじとそれを観察して納得する。


「ふーん、そういうことぉ。バールに魔気を纏わせることでそれをクッションにして強化していたのね。道理で斬れないはずよ。

 でも私の攻撃に耐えられるほどの魔気を持っているなんて、とんでもない人間がいるものね。まるでクトゥルクみたい。いえ、それとも──」


 奴の目が俺に向く。ニヤリと笑って、


「あなた自身がクトゥルクだったりして」


 ……おっちゃん。なんかヤバくね? 俺。


『たしかにヤバいな』


 どうする?


『どうしようもない』


 え、いや、そんな身も蓋もないこと言われても──


『ちょっと待て。今考える』


 今かよっ!


 俺は逃げるように後退した。

 逃げられないかもしれないけど、時間稼ぎにはなるはず。

 奴がじわじわと迫り歩き、俺との距離をすぐに詰めてくる。


「でもそれもおかしな話なのよね。クトゥルクは最後の聖戦で死んだと聞いたわ。だからあなたがクトゥルクのはずがない。

 それなのに、確かに私はあの時この身この全身に感じ取ったのよ。クトゥルクの力を」


 ……。


 奴の歩みがぴたりと止まる。

 つられて俺も足を止めた。


「ここに来れば愛しいあの人(クトゥルク)に会えると信じていた。信じていたからこそ、こうやって気合いを入れてお洒落をして、お化粧もバッチリ決めたわ。

 このギラギラと萌えに燃え溢れ出る想いで興奮した私は、その気持ちを抑えきれず、あの人を捜し求めてこの船の中で思いきり殺人(ダンス)して踊り狂った。

 そうすればきっとあの人が私の前に現れてくれるはずだと、そう信じて……。

 でもどんなに捜し回っても、あの人はどこにも居なかった。

 興奮も萎え、絶望していたそんな私の目の前に──あなた、そう、そこのあなたと巡り会えた!

 人間のクセに異常なまでの防御力の高さ。

 きっとあの人に違いない! でも あなたはあの人じゃなかった……。

 あの人なら、こんな簡単に武器(バール)を盗られるほどの馬鹿なことはしないから」


 悪かったな、馬鹿で!


 俺は空気を丸めて床に叩きつけた。


「それどころかあなたは攻撃すらしてこなかった。全ての攻撃を防いで尚、何もしてこないなんて。

 あの人ならきっと全力で魔法攻撃してくるのに。殺気みなぎった血走る目で……」


 めちゃくちゃ嫌がられてたんだな、お前。


「あぁ、あの攻撃(あいじょう)が私の体から離れない。忘れられないのよ。思い出しただけでも夜な夜な傷が疼いて身悶えるの」


 ……。


 本当に攻撃しなくて良かったと、俺は心からそう思った。

 奴が身悶える体を止め、俺を見てくる。

 俺は大きく二歩、そこから後退した。

 攻撃はしない。

 絶対に。

 攻撃すればきっと、俺の存在は奴の記憶に激しくインプットされ永遠に消されなくなる。

 再び奴の両手に生み出される水掻き。

 鋭利な刃物となって変化する。

 奴がその水掻き手を面白がるように一舐めした。


「あの人はもうどこにも居ない。それなのに感じたクトゥルクの力。私の攻撃を防いだ三人目──いいえ、二人目ってとこかしら。

 ようやく分かったわ。

 これは私を誘き出す為の巧妙な罠。それを仕掛けてくる人物は、この世でただ一人──」


 ……。


 奴の表情からスッと笑みが消える。

 次の瞬間!

 ぶち殺さんとばかりにカッと目を大きく見開いて、怖ろしい形相で水掻き手を俺に突きつけてきた。


「そう、あなたよ! クトゥルクに最も近いと云われた男──その名を口にするのも腹立たしい!」


『しゃぁっ! もらった! 奴め、自分から罠にかかってきやがった!』


 え? 罠? おっちゃん、罠仕掛けてたのか?


 頭上でミニチュア・ジュゴンがえっへんと威張る。


『あぁ。今な。たった今仕掛けたとこだ』


 俺はハハと空笑いする。


 ごめん。今一瞬マジで尊敬しそうになった。


『それより好都合だ。そのまま俺の今から言うことをお前が代弁して奴に伝えろ』


 え? 俺が? 何の為に?


『いいから、俺の指示する通りにやれ。このチャンスを逃すな。このまま行けば奴を仲間に出来る』


 う、うん。わかった。仲間にしたくないけど。


『馬鹿言え。クトゥルクを使わない方法を考えろ。奴を仲間に取り入ればこの先お前の護衛に安心できる。いいな? つーか、やれ。これは強制だ』


 強制かよ。


 逆に身の危険を感じるんだが、とはツッコめなかった。

 俺は頷き了承する。

 そして深呼吸をして気持ちを落ち着けると、おっちゃんの言葉を待った。

 おっちゃんが言葉を伝えてくる。


 ……。


 しばしの間を置いた後。

 俺は頬を引きつらせて、おっちゃんの言われた通りの言葉を棒読みで奴に伝える。


 ぷ、ぷっぺけぺー。てけろって、ぺろぺろ。ぷるぷる、ぱろぺ。ぷるぺーろ、ぽんぽん。ぱぱろっぺ。……っぺけ。


「……」


 ふっ、終わった。


 俺はなんだか自分でも訳わからずに泣きたくなった。

 奴の表情に変化する。

 静かな怒り。

 スッと目を細めて俺を睨んでくる。

 当然だった。

 俺だって初対面の人にこんなこと言われたら問答無用にキレるかもしれ──


「協力しろですって?」


 わぁーなにこれ。すげぇ。通じたぁー。何だこれ。


「何の義理で私があなたに協力しなきゃいけないわけ?」


 ……。


『オイ、伝えろ』


 あ、悪い。今なんか心がどこか遠いお空に飛んでた。


 内心で謝って。

 俺はおっちゃんの言葉を伝える。


 ぺっぱ、ぷるぷるぱろん。ぺぺろっぺ、ぱーろぱーろ、ぷぺぺ。ぴーくるぷー、ぷんぷん。


『もう一回ぷんぷんだ』


 ぷ、ぷんぷん。


 それを聞いた瞬間の奴は、とても悲しそうに目を伏せた。

 だらりと力なく水掻き手を落とす。


「……そう。それがあの人の望みなのね。分かったわ。あなたに協力して仲間になってあげる」


 呟くようにそう言って。

 何を思ってか、奴がいきなり大胆にも己のスクール水着の胸元に手を入れた。

 わしゃわしゃと手で探り、そしてそこから何かを取り出す。

 奴がそれを手に持って俺に近付いてくる。

 何か──もこもことした中年男の胸毛だった。

 俺は蒼白になってその場から逃げ出そうとした。

 しかし手を掴まれ、無理やり奴の胸毛を俺の手に握らせる。

 俺は内心で思いきり涙を流した。

 奴が言ってくる。


「用がある時はその胸毛で私を呼んでちょうだい」


 どうやってだぁぁぁぁーッ!!


 胸毛を床に叩きつけたかった。

 必死の思いで我慢する。

 握りしめたくなかった。

 俺はこの先コレとともにどうすればいい?


 すると奴の目に涙が浮かぶ。

 悲しげに俺を見つめて嘆いてくる。


「あの人会ったら伝えて。私は今もあの場所で元気に暮らしている、と」


 言い終えると。

 奴は号泣しながら全力で走り去った。

 俺は慌てて呼び止める。


 待ってくれ! 本気で俺はお前を呼び出す時にこれをどう使えばいいんだ!?


 奴がぴたりと足を止めてくる。

 背中越しに。


「それはただの胸毛じゃないわ。私の愛がいっぱいに詰まった胸毛よ。愛情こめて使えばきっと想いは届く」


 結局ただの胸毛じゃねーかよ! 使い方くらい教えてくれ、頼むから!


「さようなら」


 あ! オイ、待て! 使い方──


 さよならの言葉だけを残して。

 奴は俺を完全無視し、激しい男泣きをしながら荒々しくそこから走り去っていった。


 ……。


 誰も居なくなった場所に一人残されて。

 俺は愕然とその場に膝を折って絶望した。


 なんなんだよ、この世界。もうやだよ、俺。

 帰りたい、元の世界に……。

 こんな変な胸毛持ち歩いていたら俺、明らかに変態じゃん……。



 砂海走る船底の通路にて。

 俺は新アイテム【ふさふさの胸毛】を手に入れた。


【PR】 戦いに疲れたあなたに……。


ぐっすり眠れる『おやすみナイト』。

さぁ、そのまま異世界へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。