第36話 計画的にやったわけではないのだけれど
それから、翌朝──。
俺はベッドから起き上がれずにいた。
上半身を起こしただけですぐに気だるくふらつく体。
寝たままじゃないと節々が痛むし、それに体に力が入らず、頭が沸騰しそうに熱かった。
……なんか、もうダメだ……。
意識も朦朧とする。
体中が極限に寒く、何枚もの毛布を重ね被ってさらに羽毛布団と湯たんぽが手放せなかった。
額に貼られたヒンヤリ冷たい湿布が気持ちいい。
ふと。
口に咥えていた体温計の音が鳴る。
……。
体温計を取らなければと頭では分かっていても、ダンベルでも巻かれているかのように重い体は思うように動かず、ただ無気力にぐったり寝こむことしか出来なかった。
そんな俺の様子に見かねてか、ベッド脇にいた母さんが代わりに取ってくれた。
数値を見て顔をしかめる。
「三十九度近くあるじゃない。どうして夕べ、髪を乾かさずに寝たの?」
微妙に……乾いてたから……
ケホコホと咳き込みながら。
俺は熱を帯びた顔で呆然とそう答える。
「今日は日曜だし一日中ぐっすり寝なさい。風邪薬は薬の都合上飲めないそうだから、自力で治すしかないそうよ。いっぱい寝て、いっぱい水分補給して熱を下げないと。
念の為に月曜日に病院診察の予約しておいたから」
いやだ……。こんな理由で……学校休みたくない……。
「自業自得でしょ。今日はぐっすり寝なさい。あとで朝ご飯と薬をここに持ってきてあげるから」
そこまでしなくて……いい。もう少し寝たら……自分で一階に下りて……食べる。
「ダメよ。今日はずっとここで寝てなさい。熱も高いのにこんな状態で階段を下りたら、途中で滑って転げ落ちるかもしれないじゃない」
ねぇーよ……。
「もしかしたらバナナの皮が置いてあるかもしれないでしょ」
置くなよ、ンなもん……アリオgoカートじゃ……あるまいし。
ふふと、母さんが笑って優しく俺の頭を撫でてくる。
「いいから、今日はこうして安静に寝てなさい。お父さんも今日は一日、テレビ見てゴロ寝するそうよ。家族みんなで今日はゴロ寝しましょう?」
……わかった。
ぽんぽんと軽く頭を撫でた後、母さんはどこか安心するような笑みを浮かべてベッドから離れた。
そして。
母さんが部屋を出ようとドアを開けたところで──。
俺は母さんを呼び止めた。
母さんが俺へと振り返ってくる。
「何? どうしたの?」
俺は言った。
……ありがとう。あと、昨日は……門限破って、ごめん……なさい。
母さんが微笑んで答える。
「熱が下がったらお父さんにもそうやって謝りなさいね。みんな本当に心配したんだから」
うん、わかった……。そうする……。
静かにドアが閉まり。
母さんはそのまま一階へと下りていった。
……。
溜め息を吐いて。
軽く咳を繰り返しながら、俺は窓へと視線を向ける。
窓の向こうはとても澄み切った青空が広がっていた。
晴れてはいるもののこの季節、外はきっと木枯らしの風が吹いていて寒いはずだ。
でもなぜだろう。
部屋の中に居るからだろうか。
なんだか今日は穏やかな日中に感じた。
とても気持ちが落ち着いていて。
心が安堵に包まれたかのように緩んでいて。
もしかしたら母さんに言いたいことを伝えられたからかもしれない。
本当に、今日は一日ぐっすり眠れそうだ。
……ほんと、馬鹿だよな。俺。
今更ながらそう思った。
気付けばいつもこうだ。
反省ばかりしている。
この風邪のことだって。
慌てていたからとはいえ、あの時ちゃんと乾かしてから行けば良かった。
あんなクソ寒い夜に髪を乾かさずに行けば風邪を引くだろうし、しかも乾かして寝てさえいればここまで酷くはならなかったと思う。
当然といえば当然の結果だ。
自分の健康すら管理できないほどの大馬鹿者だよ、俺は。
来年の抱負は“自己管理の徹底”で決まりだ。
俺は天井へと視線を移した。
溜め息を吐く。
……来年、か。
一年前と何も変わらない天井。
この部屋も、何も変わらない。
何も。
これからも。
この先も、ずっと。
十年後に見つめるこの天井も、このまま何も変わらずにいるだろうか。
遠い未来を脳裏に描きながら。
俺は静かに目を閉じていく。
この日はなぜか窓から差し込む陽の光が、とても穏やかで温かく感じた。




