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第30話 ◆ 忍び寄る殺人鬼(ハンター)


 ◆



「十」


 数え終えて。

 カルロスは静かにその場から立ち上がった。

 込み上げてくる吐き気に耐えながらも、よろよろとドアへと移動していく。


「絶対告げ口してやる、あの野郎」


 苛立たしげに吐き捨てて。

 カルロスは上司の居る倉庫へと向かった。


 作業室を出て。

 カルロスは狭い通路を歩く。

 物音はしない。

 ただ時折、砂波が船底に打ちつける波の音だけが聞こえてくる。

 近くに誰も居ないのだろうか。

 話し声の一つ聞こえてきやしない。


「アイツ、一体どこでサボっているんだ?」


 隠れる場所なんてたかが知れてる。

 上司にこのことを報告すれば、きっとすぐにでもアイツを見つけ出して拳の一つでも見舞ってくれることだろう。

 ジャガイモの皮剥きなんて日暮れまでに全部終わるはずがない。

 アイツがサボったせいで終わらなかったことにしよう。

 そう思っただけで、カルロスの表情に笑みが零れた。


(僕は遠目からアイツを見て嘲笑ってやろう)


 きっとアイツ、泣くかもしれない。

 ククク……。

 カルロスは笑いが止まらなかった。

 通路を歩く。

 一定間隔に設けられた古びた鉄の片扉ドア

 それぞれ何の部屋かは知らさなていない。

 でも見感だけでもだいたいの想像がつく。

 豪華な客室ではないことは確かだ。

 通路を歩くカルロスの足取りは軽い。

 船底であるこの通路は、薄暗いランタンの明かりに照らされていた。

 客が通らない分、明かりをケチっているのだろう。

 船員の身に何か起きたらなんて考えてすらいないのだろう。

 ランタンの明かりだけではどうも頼りない。

 ぐらぐらりと波打ち揺れる視界。

 狭い通路に頼りない明かり。

 果たしてこの明るさで、きちんと魔物除けできているのだろうか。

 もし、魔物に出くわしたら──

 そう考えただけでカルロスの背に悪寒が走った。

 思わず身震いをする。

 身の毛が総立つ。

 一人であることの不安と恐怖、そしてどこかでサボっているのだろうアイツへの苛立ち。

 カルロスは声を荒げた。


「おい! どこでサボっているんだ、出て来い! 本当に告げ口してもいいんだな?」


 ……。


 返事は戻らなかった。

 近くに居ないのか、それとも隠れたまま息を潜めているのか。

 カルロスは揺れる足場によろめきながら、壁伝いに通路を進む。

 気のせいだろうか。

 先ほどから嫌な気配を感じる。

 まるで背後から肉食獣にずっと付け狙われているかのような。

 そんな危機感が拭えない。


「どこに居るんだ? サボってないで出て来い! 僕は本気だぞ! 告げ口してやるんだからな!」


 ふと──。

 じっとりと湿るような空気を肌で感じた。

 瞬間、フッと。

 ランタンの明かりが弱くなり、異常なまでに点滅を繰り返す。


「ひぃっ!」


 カルロスは悲鳴を上げた。

 道に暗闇が現れるのは、すぐ近くまで魔物が迫ってきている前触れだった。

 カルロスは急ぐ。

 魔物から身を守る術は幼い頃から誰もが親から学ぶ。


 暗闇の中に居てはいけないこと。

 魔物は明るい場所を嫌う傾向がある為、必ず明かりの下にいること。


 それを守らなかった者には必ず──


「消えるな、明かり! まだ死にたくない!」


 ──死が訪れる。


「クソ! こんなところで死にたくなんかない!」


 カルロスは死に物狂いで壁にあったランタンをもぎり外し、無我夢中で自身の周りに振りかざした。


 そんな時だった。


 ふいに床に溜まっていた液体を踏み滑り、カルロスはそのまま床に尻もちをついて転んだ。

 手からランタンが離れる。

 気付いてカルロスは急いで床伝いに探す。

 転がったランタンを見つけ、すぐさま拾い上げた。

 ランタンの熱さに手を火傷しようとどうでもいい。

 いつ、どこから魔物が襲ってくるか分からない。

 頼りは唯一、ランタンの明かりだけ。

 明かりの中にさえ居れば安心できる。

 だからこの明かりを消すわけにはいかない。

 激しい動悸に息が乱れる。

 カルロスは必死だった。


「……」


 沈黙の通路。

 カルロスの荒い呼吸だけが辺りに響く。

 いつまでも来ない襲撃に、カルロスは顔をあげた。

 少しほど、辺りを見回す余裕ができる。

 目だけで周囲を順に追った。


 ふと。

 床に触れた手に感じる液体と、じわりと濡れ行く尻の服。

 カルロスは徐に、その濡れた手を目前へと持ち上げていった。

 頼りないランタンの明かりに照らされ、そこに見たものは……。

 どす黒く血濡れた自分の手だった。


「──!」


 声にならない悲鳴を上げる。

 心臓が止まってしまいそうなるほど激しく脈打った。

 慌てて尻を退けて、床に視線を落とす。

 砂に混じって赤黒い血溜まりが広がっている。

 恐る恐る血の源を目で追えば。

 その源は、カルロスのすぐ近くの閉められたらドアへと続いていた。

 おびただしい量の血が、ドア下の隙間から流れ出ている。


(まさか、アイツ!)


 カルロスの脳裏を過ぎるアイツの姿。


(もしかしてこの部屋の中に隠れて──)


 だとすれば、すでに魔物に殺されてしまった可能性は高い。でもそれでも助けてやりたいとカルロスは思った。


 その場から立ち上がろうとしたその時。

 通路に明かりが戻る。


(……?)


 次々と闇は消え失せ、通路に元の明るさが差す。

 魔物が居なくなった瞬間だった。

 だが──。

 明るさが戻っても、床に広がる血溜まりは消えなかった。

 もう殺されているかもしれないという思いが、カルロスの胸を突く。

 このことは上司に報告すべきだ。

 アイツはサボっていたのではなく、魔物に殺されていたんだということを……。


(生意気な奴だったけど、せめて形見くらいは家族に届けてあげよう……)


 そう思い、カルロスは座り込んでいた床から立ち上がった。

 そのままドア前へと向かい、ノブに手をかける。

 ドアはゆっくりと応え、錆び付いた軋み音を立てながら開いていった。


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