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第25話 残り時間──1時間31分59秒


 帆船ターミナルの待合室の長椅子で。

 俺は落ち着きなく袖を少し上げて腕時計を確認する。

 この世界の滞在時間は、残り一時間三十一分五十九秒。

 ふと。

 俺の頭上に居たミニチュア・ジュゴンが身を乗り出すようにして顔を出し、俺の額を片ヒレでぺちぺちと叩いてくる。


 痛っ。なんだよ?


『オイ、なんだそれは。明らかにこの世界に存在してはいけないものだよな?』


 腕時計これのことか?


『あぁそうだ。それにしてもよく転送できたもんだな』


 あーうん。なんかよく分からないけど成功した。


『成功しただと? 何をどうやってやった?』


 その言葉に俺は勝ち誇るようにニッと笑った。


 理屈はよく分からないけど、要するにおっちゃんが知らない時に服に隠して身に付けておけば転送可能ってことだろ? この世界のコインを向こうの世界に持っていってしまった時みたいに。


『ぐっ……! お前なかなか鋭いな』


 やっぱりか。


 予想が的中し、俺は密かに拳を打ち鳴らした。


『だが調子に乗るなよ。向こうの世界の文化をこっちの世界に持ち込めばいったいどうなるか──どんな形でこの世界に影響与えてくるか分からないんだぞ?』


 大丈夫だって。心配いらないよ。だってただの時計だぜ? 人を殺す武器にはならないよ。


『そういうことを言ってるんじゃない。俺が言いたいのはだな──』


 説教はもういいって。聞き飽きたよ。たかが時計だろ? どう影響するっていうんだ? 心配いらないって。


「待たせたな、ケイよ」


 あ、はい。


 すぐさま俺はおっちゃんとの会話を止めて気持ちを切り替える。

 アデルさんとミリアが俺の傍へと戻ってきたのだ。

 俺は顔を上げて席を立ち、アデルさんに尋ねる。


 雑用応募の登録はもう終わったんですか? じゃぁ俺も


 アデルさんが“何を言う”とばかりにガハガハ笑ってくる。

 俺の肩を掴んで引き止めて、


「お前さんは我輩の弟子であろう。もちろん当然ながら、お前さんの登録もミリアが代わりに済ませてくれたぞ」


 ミリアが……?


 視線を向けると、ミリアが可愛らしい顔をツンとそっぽ向けて不機嫌に言ってくる。


「不本意ですが、アデル様の御命令により仕方なく(・・・・)登録して差し上げました」


 いや、なんで俺に対してそんなキレ気味なんだよ? 俺が何をした?


「別に。何をされたわけではありません。ただあなたを見る度に負けた気分にされてムシャクシャするんです」


 負けたって何に? 俺は何もしてねーだろ?


 俺たちの仲を取り持つように。

 アデルさんが俺とミリアの間に分け入って、肩を軽く叩いてなだめてくる。


「うむ。ライバル心を持つことは良きことだ。互いに切磋琢磨して己を育てるが良い」


 そういう意味なのか? 負けたって。


「違います、アデル様! 私なんかがこんな──アデル様を残して逃げるような貧弱で臆病者なんかに負けるわけがありません! こんな奴に負けた気分になる自分が悔しいんです!

 私こそがアデル様に最も相応しい弟子です! 私こそが次の勇者になるんです!」


 その言葉に俺はカチンときた。

 ミリアに言い返す。


 別に逃げたわけじゃねーし! 俺が貧弱で臆病ってどこ見て言ってんだよ? お前の知らないところで俺は竜人どもと戦ったんだからな。


 負けじとミリアもぐいっと胸を張って言い返してきた。


「そんなの嘘に決まっています!

 あなたはアデル様を置いて一人だけ逃げた臆病者です。私がアデル様を助け出しました」


 逃げてねーし!


「では逃げてないというなら説明してください。今までどこに居たんですか? 怖くなってずっと隠れていたんですよね? 

 答えてください、今ここでハッキリと!」


 ぐっ……! そ、それはその、なんて説明するか……。でも俺、逃げてもねーし! ほんと戦ったんだからな、俺!


 今この場で異世界人であることを言えないのがとても歯痒かった。

 言えばそこからまた説明しなければいけなくなる。


「どうせ竜人兵士に恐れをなして、どこかに隠れていたに決まってます」


 あーもう! だから俺、逃げてもねーし、隠れてもねーって!


「そもそもなぜ正体を明かさないのですか? そんなのおかしすぎます」


 いいだろ、別に! 俺の事情なんだし、ほっとけよ。なんでいちいち言わないといけないんだよ? そんなに俺が害のある人間に見えるのか?


「見えます。そもそもなぜ顔を隠さなければならないのですか? 本当に害の無い者と主張するならば、今すぐそのフードを取って顔を明かしてください。私はまだあなたを信用しているわけでは──」


「もう良いではないか、ミリア」


「けど、アデル様! この者は怪し過ぎます!」


「ミリアよ。もう良い。その辺で終わりにするのだ」


「……」


 厳しい声でアデルさんに言われ、ミリアはしゅんと気勢を削がれたように萎え項垂れた。

 アデルさんがミリアに諭すように語りかける。


「良いか、ミリア。我輩の話を聞くがよい。

 この世には善人と悪人がいることは確かだ。しかしそれを単純且つ極端に切り分けてはならない。たとえ善人でも言えない事情は誰にでもある。ミリア、お前もそうであろう?」


「……」


 ……。


 ミリアが俯き黙り込んだ為、なんか俺まで同調して黙り込んでしまった。

 アデルさんが言葉を続ける。


「ミリアよ。実はな、我輩もケイに話していないことがある」


 それって王族だったってことですか?


「ふむ。どうやらバレてしまっているようだ」


 いや、あの時自分から正体を暴露しましたよね?


 無視され。

 アデルさんはミリアに語りかける。


「我輩はケイが悪人とは思えぬ。それを信じたいのだ。

 もし我輩の身を案じているのなら無用だ。もう人を疑うことは止めよ。あの日のことはあの日のこと。過ぎたことだ。もう忘れるが良い。

 ──よし、腹が減ったな。出発まで・・・・飯にしようではないか。フォップを食おう。あれは美味い。我輩はあれが食べたくなってきたぞ。

 二人とも支度をせよ。我輩はあれが食べたい」


「……」


 ……。


「それで良いな? ミリアよ」


「……はい。分かりました、アデル様。私も食べたいです。ご一緒してもよろしいですか?」


「もちろんだとも。ケイもミリアも我輩と一緒に食べよう」


 ……え、ちょ、待ってくれ。


 俺は愕然とした顔で立ち尽くす。

 アデルさんが心配そうに俺を見てくる。


「いったいどうしたというのだ? ケイよ」


 ……。


 俺は引きつる笑みでアデルさんに問いかけた。


 あの……そういえば、船っていつ出発するんですか?



メリークリスマス・いーぶい……めッ!?

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