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第20話 運命の悪戯


 待ち合わせの渋井駅モヤイ像前──。


 俺は腕時計をチラチラと気にしながら、その辺をうろうろ歩きJを待っていた。

 待ち合わせの時間はとっくに過ぎている。

 Jが今どこで何をしているのかさっぱり分からなかった。

 周囲を見回せば、どいつもこいつも携帯電話で電話しているか、画面を触って遊んでいる。

 完全に俺はこの場で浮いた存在だった。

 ふと見れば、俺と同じ年くらいの奴でさえ携帯電話を持っていた。

 それに気をとられ、余所見をしていた時だった。

 前方から誰かが俺にぶつかってきた。

 転びまではしなかったものの。

 ぶつかってきた相手は、派手にピアスをつけた金髪のヤバそうなやつだった。

 そいつはガムをくちゃくちゃ噛みながら、俺を睨んで舌打ちしてくる。


「馬鹿が。邪魔なんだよ。そんなとこ突っ立ってんじゃねぇ」


 唾とともにそう吐き捨てて。

 男は再び携帯電話の画面を操作しながら、どこかへ行ってしまった。


 ……俺が……悪いのか?


 余所見した俺も俺だが、ぶつかってきたのは向こうだ。

 溜め息を吐いて。

 俺は適当な場所に腰掛けることにした。

 特にやることもなく、手暇をもて余しながら何気に通行人を目で追い、観察する。

 ちょうど腰掛けた俺の隣で、二人組の女性が携帯電話の画面を見せ合いしながら楽しそうに笑っていた。


「ねぇ見て見て。今度捕まえた私の新しい彼氏~」


「ウソ、やだイケメンじゃん」


「でしょ~? でもまだキープぅ。今度ランク上の合コン行くんだぁ」


「えー、羨ましいー。今度それ私も誘ってぇ」


 ……。


 聞こえてきたとはいえ、失礼ながらも俺は静かに鼻で笑った。

 ──かと思えば。

 俺の反対隣では、一人の男が何やら携帯電話で話している。


「マジだって。お前が一番だから。ほんと愛してる。はぁ? 俺の愛を疑うのかよ? マジうぜぇ、お前。じゃぁ俺と別れんのか? ──だろ? 信じろよ。ほんとほんと。この前の女は遊びだから。お前が一番だって。ほんとマジ、お前のこと愛してる。もう切るぞ、じゃぁな」


 ……。


 薄い感情であっさりと携帯電話を切って。

 俺の隣に居た男は立ち上がって、どこかに移動していった。

 それを俺は目で追う。


 ……。


 なんというか。

 希薄な人間関係ってこういうことを言うんだろうか、と子供心ながらにそう思った。

 そして。

 俺の前を通り過ぎていくバンドっぽい格好をした人。

 まるで公道すら家の延長と言わんばかりに、ヘッドホンから音を垂れ流しながら携帯電話を操作して歩いている。

 見回せば。

 どいつもこいつも、みんな携帯電話だらけ。

 ゲームや音楽やインターネット、それに観光客の自撮り撮影と。


 ……。


 俺は視線をお空へと向けた。

 視線を落として溜め息一つ。


 なんだろう、この疎外感。

 時代に取り残された浦島太郎の気分だ。


 誰にでもなく呟く。


 俺も携帯電話が欲しいなぁ……。


 そのまま視線を腕時計に落として確認する。

 もう三十分は過ぎた。

 いったいいつになったらJは来るんだろう。

 何かあったんだろうか?

 こんな時に携帯電話を持っていたらどんなに良かったか。


 ふと、そんな時だった。

 空いていた俺の隣に、ボーイッシュな格好をした一人の少女が携帯電話を耳に当て、誰かと会話しながら腰を下ろしてくる。

 よく見れば。

 その少女は後ろ髪を全部帽子の中へ詰め込んでいるようで、それでいて大きな黒縁眼鏡に大きなマスクで顔下半分を隠していた。

 たしかに冬も近いし、風邪予防ということもあるかもしれない。

 でもなんかちょっと変わってんなぁ、この人。

 少女が声を潜ませ、電話先の誰かと会話を続ける。


「そうだお。あれから番組に有力な情報がこないんだお」


 あれ? この特長的な語尾、どこかで聞いたような……


 俺は内心ふと思う。


「きっともうKは見つからないお。9もこれ以上、ここでの情報はもうお手上げだって言ってたお」


 K? しかも9だと?


 俺は怪訝に少女へと目を向けた。

 少女と目が合う。

 すると、少女がすぐに俺と視線を逸らして慌てて立ち上がる。

 何かに怯えるように俺をチラ見して、


「今なんか隣の変なイケメンに睨まれてしまったお。だから移動しながら話すお。でももうすぐ本番収録始まるから仕事に戻らないといけないお。マネージャーさんに怒られるから今夜にでもまた電話するお」


 焦るように電話を切って。

 少女は小走りに去って行った。


 ……。


 いや、別にそういうつもりで見たわけじゃなかったんだが……。

 呆然と見送るように。

 俺はその場から動けずにいた。

 すると、俺の隣に居た女性二人がひそひそと話し出す。


「ねぇ、今のASAKAの【杉下ゆいな】に似てなかった?」


「まっさかー。わけないじゃん。服装もダサかったし。それにこんなところに一人で居たら大騒ぎじゃすまなくなるって」


「何かのドッキリ撮影とか?」


「ないない。絶対ないから」


 ……。


 いや、うん。ほんと。ナイナイ。絶対ない。


 俺は内心で自分に言い聞かす。

 そんな時だった。

 Jがにこやかな笑顔で俺のところへとやってくる。


「まいどー。悪ぃ、K。ずいぶん待ったやろ?

 実はな、来る途中で事故の渋滞に巻き込まれ──ん? どしたんや? 何かあったんか?」


 ……。


 真剣に。

 俺はJに向き直り、重く話を切り出した。


 聞いてくれ、J。

 もしも、【杉下ゆいな】がコード・ネーム保持者だったら……どうする?


「いったい何があってそういう妄想に行き着いたんや?」


  

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