第18話 上手な嘘
──土曜日の朝。
朝食を終えた俺は、薬とコップを手に、洗い物をする母さんの隣へと歩み寄った。
いつものように浄水器からコップに水を入れ、薬を口に放って水を飲む。
何気ないいつもの日常。
変わらない毎日。
いつもの行動。
俺はなるべく自然な行動を保ちながら、母さんの機嫌を窺いつつ何気に話を持っていく。
なぁ母さん。
「ん? どうしたの?」
今日さ、ダチんとこに泊まりに行きたいんだけど。
洗い物をしながら、母さんが笑って言う。
「ダメに決まってるじゃない。夕方までにはちゃんと帰ってきなさいよ」
あー……いや、それがさ……実は、ダチが色々と悩んでるらしくて、その相談に乗ってやりたいんだ。
「それでも泊まりは許しません。先輩たちの飲酒が問題になったばかりじゃない。学校からも禁止されてるはずでしょ? ダメです」
いや、そこをなんとか内緒で──
「ダメなものはダーメ。向こうの親は何と言っているの? お母さんが連絡してみるから」
え、いや、待って。それは待って。
「なんで待つの? 誰の家に泊まりに行く予定だったの?」
えっと、それは……
上手く嘘が言えず、俺は押され気味になって気まずく視線を逸らした。
「泊まりなんて、お母さん絶対許しませんからね。向こうの親も反対されているはずよ。諦めなさい」
けど──
「相談だけなら電話で話せばいいじゃない」
そういう問題じゃないんだよ。思春期だから聞かれたくない話なんだ。
「聞かれたくない話ってどんな話? まさか女の子の体に興味持ってるんじゃないでしょうね?」
いや、そうじゃなくて──
「お母さん、そういうの絶対許しませんからね」
誤解すんなよ。そんなんじゃねーから、マジで。
「じゃぁ泊まりに行く必要なんて無いでしょ?」
だから──
「ダーメ。許しません。友達の家に遊びに行くのは勝手だけど、夕方までにはちゃんと帰ってきなさい。それはどこの家でも常識よ。非常識な息子にはならないで」
分かってるけど……。
本当はこんなこと言いたくなかったけれど、仕方ない。
こうなったら最後の手段だ。
俺は静かに手持ちのコップを流し台に置くと、覚悟を決めて母さんに言う。
ぽつりと、
もしかしたら、これがダチと遊ぶ最後になるかもしれないじゃん……。
俺のその言葉に母さんの動きが止まった。
放心するような、どこか一点を見つめたまま呆然としている。
あ、あれ?
まさかそんな反応になるとは思わなかった。
俺は内心で戸惑う。
しかしどう言葉にしていいか分からない。
止まる時間。
蛇口から水が止め処なく流れていく。
「……」
……。
本当は軽い冗談のつもりだった。
否定されて笑ってくるものだと思ってたのに……。
ふと。
母さんの頬に一筋の涙が伝い、流れ落ちた。
え……。
マジかよ。
俺は母さんから視線を反らし、沈んだ声音で尋ねる。
もしかして俺……もうすぐ死ぬのか?
「馬鹿なこと言わないで!」
声を荒げて、母さんは本気で怒ってきた。
俺はびくりと身を震わせる。
今までに見せたこともない激しい感情だった。
……。
母さんがハッとしたように我に返り、気まずく謝ってくる。
「ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったの」
……。
まるで気持ちを隠すかのような素振りで、母さんが頬の涙を手で拭う。
そして洗い物の続きを再開しながら、
「お友達の家に遊びに行く約束なんでしょ? 夕方までにはちゃんと帰ってきなさいね。帰りが遅いと私もお父さんもすごく心配するから」
……。
「とにかく、泊まりは許しませんからね」
わかった……。
俺は頷いて母さんの言葉に従う。
その言葉に安心してか、母さんが視線を合わさず言葉を続けてくる。
「薬、忘れずに持っていきなさいね。昼の分は昼にちゃんと飲みなさい。向こうの家の人たちに迷惑かけるといけないから」
うん、わかってる。
言って。
俺は薬箱から薬を持って、台所を後にした。




