第13話 違うのか?
そんなに待っていなかったと思う。
『待たせたな』
表通りからいきなり姿を見せて声をかけてきたのは、中東風の格好をした見知らぬ男性こと──おっちゃんだった。
俺は目を丸くする。
ってか、何のトリックだよ? ここに来るの早くね? 本気でいったいどこに居た? 意外とすぐ近くに居たのか?
『いや、ログ・ラインを利用した』
ろぐ・らいん?
『ゲームで言えば各所セーブポイントみたいなもんだ。
転移魔法の一種で、ある一定の法則に従って、転移魔法を宿主の魂に刻み込みしていれば、どんな離れた場所に居ようと他人の体を乗っ取ることができる』
は?
おっちゃんが何を言っているのか俺にはさっぱり理解できなかった。
『分からないなら分からないでいい』
ガシッと急に、おっちゃんが俺の襟首を掴んでくる。
そのまま襟首を持ち上げて引っ張り寄せ、射殺すような鋭い目で俺を睨む。
俺はたじだじになって問いかけた。
な、何? 俺が何か気に障るようなこと言ったか?
びくつく俺に、おっちゃんがドスのきいた低い声で機嫌悪く吐き捨てて言ってくる。
『今から何か軽いモノでも食べに行かないか? 俺と一緒に』
俺は頬を引きつらせた。
食事の誘い方が間違ってるだろ。
『……』
ほぼ強引気味に。
おっちゃんは無言で俺の襟首を強く掴むと、俺を引き摺るようにして食事処へと引っ張っていった。
※
食事処へと辿り着いた俺とおっちゃんは、店内に入り、空いている席を目で探した。
空きの席を見つけて、そこに着く。
『メニューは俺が決める。お前はただそこに座ってろ』
……。
言い返すことも出来ず。
文字の読めない俺は、ただ不満を顔に出し、大人しく座ったままふて腐れるしかなかった。
軽く無視するように、おっちゃんが淡々と料理をオーダーしていく。
その後に運ばれてきた料理といえば──。
以前食べたことのある干からびたチーズ、それだけだった。
俺は目を点にする。
え? これだけ?
『軽く食事すると言っただろ』
いや、たしかにそう言ったけど──
『金が無いんだ。我慢しろ』
……。
そこを言われたら何も言えない。
俺自身、お金を持っているわけじゃないし。
懐寂しい思いで俺は、仕方なくと言った感じでチーズに手を伸ばし、以前食したように水に浸して口に入れた。
ちなみに水も有料だそうだ。
『気に入ったのか? その食べ方』
あ、うん。なんとなく。俺しっとり派だから。
『……美味いのか?』
まあまあ。マズくはない。
『そうか。じゃぁ俺もそういうやり方で食べてみるか』
真似すんなよ。
『俺の勝手だ』
……。
そう言って、おっちゃんが俺の真似してチーズを水に浸し、口に入れる。
『……。ふむ。なかなか美味しいな、この食べ方。癖になりそうだ』
パクるなよ。これ、俺が考えた食べ方なんだからな。
『必要ない。お前の知らないレパートリーを俺はたくさん持っている』
そうかよ。じゃぁ別の方法で食べてくれ。おっちゃんと一緒の食べ方なんて、俺は嫌だ。
『どう食べようと俺の勝手だ。言われて“そうですか”と変えるつもりはない』
はいはい、そうかよ。勝手にしてくれ。
『……』
……。なぁ、おっちゃん。
『なんだ?』
俺ってさ……。
『ん? どうした?』
……。
喉まで出かけていた言葉を俺は一旦飲み込んだ。
言葉に躊躇い、顔を俯ける。
相談したかったけど、肯定されるのが怖かった。
だから俺は諦めて、それ以上の言葉を口にしなかった。
おっちゃんが苛立つように催促してくる。
『なんだ? 聞きたいことがあるならハッキリ言え。
答えられることは答えてやる』
……。
俺は顔を俯けたまま、首を横に振った。
やっぱいい。何でもない。
『そうやって想像で物事をあれこれ悩むのは馬鹿らしく思わないのか? お前』
……。
言われて。
俺はしばし黙り込んだ。
たしかにおっちゃんの言う通り、独りで抱え込んでいたって何も解決されない。
だったら思いきり、今ここで訊ねてみよう。
勇気を出して。
俺はおっちゃんに問いかけた。
俺って昔、黒騎士だったのか?
『──ぐほっ!』
予想外の質問だったのか、おっちゃんがチーズを喉に詰まらせ咳き込んだ。
おっちゃんの口から飛び出たチーズの欠片が、俺のとこまで飛んでくる。
俺は不快に顔を歪めてテーブルから少し身を引いた。
なんだよ……。飛ばすなよ、おっちゃん。汚いなぁ……。
そう言って服についたチーズの欠片を手で払う。
払いながら、俺は心の中ですごく傷ついていた。
かなり深い精神的ダメージを受けたといってもいい。
おっちゃんの今までにない反応。
答えを聞かずとも、今ので充分に伝わった。
とてもストレートな反応をありがとう。
おっちゃんが咳き込みながら慌てて否定してくる。
『待て。勘違いするな。今のはチーズが気管に入ってむせただけだ。
お前の話を肯定したわけじゃない』
じゃぁ違うと思っていいんだな?
『誰が言った? そんなこと』
誰でもいいじゃん。違うなら。
『セガールか? アイツがそう言ったのか?』
誰だっていいだろ。違うならなんでそんなに気にするんだよ?
『お前、俺に何か隠しているだろう?』
隠してねーよ。別に。
『言え。大事なことだ』
大事なら“肯定”と受け取っていいんだな?
『それとこれとはまた別だ』
別ってなんだよ? 俺の質問に対するおっちゃんの答えがちぐはぐだ。どう見ても俺の質問に動揺しているとしか思えない。
『もういい。分かった。俺の負けだ』
じゃぁ全部話してくれるんだな?
『──なぁんて言うと思ったか?
へっへーんだ。残念でした。腹立つからお前のチーズ全部食ってやる!』
あ!
俺の隙をついて、おっちゃんが俺の皿からチーズを全部奪い、口に放る。
……。
俺は冷めた目でおっちゃんを見つめた。
本当にこの人、精神年齢が小学生並みだ。
もぐもぐとチーズを頬張りながら、おっちゃんが急にガタリと席を立つ。
『ここを出る。お前、三十分ほど俺に付き合え』
またかよ。
俺は露骨に嫌な顔をした。




